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普通の主婦が45歳で「移住ソムリエ」として起業するまで〜つきまとう5%の不安をいかにして解消したか

Text:草栁ちよ子
編集:トイロハ・ワークス編集部

私は30歳から45歳までの15年間、夫和彦のパートナーとして生きてきました。そんな夫に食べさせてもらう気満々の、平々凡々な主婦が、なぜ45歳になって起業したのか。しかも、「移住ソムリエ」って、一体何?普通の主婦が起業に至るまでを綴ってみました。

「君は、僕の投資だから」と言った夫との出会い

30歳で東京に上京、それまでの「第1の人生」をすべて捨てて「第2の人生」を始めたところから話は始まります。

もともと文章を書くのが好きで、出版社で働くか、ライターになるか、小説家になるかで迷っていました。そこで、編集出版経験のある人から話を聞きたいと思い、ネットカフェの掲示板で募集してみました(当時は、スマホもLINEもFacebookもありませんでしたから)。そこに返信してきたのが、出版社の編集部で働いていた夫の和彦でした。

実は私はその頃、抱えた借金を返すために、朝昼晩とバイトを3つ掛け持ちで働いていたので、肉体的にも精神的にも疲れてボロボロだったのですが、深夜から早朝までのわずかな睡眠時間を削ってネットカフェに通い、それから半年間、毎日のようにメールのやりとりしました。それが私の生きていく支えになりました。夫は私にとっては命の恩人なのです。

半年後、初めて会うことになりました。てっきり、出版社を紹介してくれると思ってスーツでお化粧もバッチリして行ったのに、「スーツも化粧も似合わないですね、自然体のほうが良い」といきなり否定されて、かなり凹みます。しかも非常に神経質そうなピリピリした感じだったので、言葉を選びながら慎重に話し、緊張しながら食事したことを覚えています。実は、夫のほうも相当緊張していたと、後日、白状するのですが。

ところが、話は思いもしない方向へと進みます。

夫「僕は人が活躍できるよう、自分自身は見えない黒子になりたい。あなたは光と影、どちらがいいですか?」(私、目が点に)

私「私は、影よりも縁の下の力持ちになりたい。自分が好きで良いと思った人やモノを広める応援をしたい」

夫「決めました、一緒にやっていきましょう。あなたは何をやりたいですか?」(私、再び目が点に)

その後、超特急で生活が一変しました。なんとまず初めに、借金を全額返済してくれたのです!慌てて「バイト増やして返しますから」と言っても、「返さなくて良い、一緒に好きなことしていこう。君は僕の投資だから」と言われる始末。…驚愕でした。

おまけに社員寮として、板橋のワンルームマンションに住まわせてもらい、接骨院のバイトまで紹介してくれました。食事も身の回りのものも、パソコンやカメラなど仕事に必要なものは全部彼が買ってスグ使えるようにセッティングや設定もしてくれました。まさに至れり尽くせりです。

「投資?」正直、恐ろしかったです。これは騙されてるのではないかと…。「逆じゃない?」と夫には爆笑されましたけれど。

アート取材→不動産取材→動画取材と全く未知で無知なところからスタート

もともと私はアート、美術館、雑貨、絵本が好きで、アートや手作り雑貨が購入できて、その場で親子で絵本が読める古本屋カフェをやりたかったんです。

とりあえず、バイト先の接骨院の待合室に棚を置かせてもらい、好きな作家さんの作品を販売しながら、ネットショップも始めました。時には、個展案内の可愛いDMを持ち帰っては無料で紹介し、作家さんの個展や気に入ったギャラリーさんを訪れて取材して、ブログに記事をアップしてました。これは非常に喜ばれ、とても遣り甲斐がありましたし、自分も楽しいのでライフワークにしようと思いました。

それで、LGGという任意団体を夫が起ち上げて、ギャラリーさんに会員になっていただこうとしたのですが、大したメリットを提供できないために会員を増やせませんでした。それでも、それ以降10年間運営しました。

アート活動の総まとめとして、最後に、お世話になった作家さん17人のアート企画展を銀座の会員さんのギャラリーで開催したことは、すべてを出し尽くしてやり切った良い経験でした。

一方で、その頃、夫が理事を務めていた不動産のNPO法人の仕事(不動産相談)も手伝っていました。サイト運営、メルマガ発行、不動産相談への一通一通のお返事などを担当してました。不動産相談の四コマ漫画を描いたり、不動産屋さんを突撃取材したり、結構好きに自由にやらせてもらってました。これもよい経験になったと自覚しています。

ただ、不動産相談で生活は出来ていたために、アートでお金を稼ぐということをもっと踏み込んで考えられなかったという後悔はあります。というか、正直、自分ではどうすればいいか、わからなかったのです。自宅一階で近所の子どもたちを対象にアトリエをやったりもしてましたが、子ども達と遊んで終わってしまいました。(たいへん癒されましたけどね)

その後、夫の仕事で、新規事業の動画アプリのメディアブログを担当することになりました。さすがに一人で企画、取材、撮影、執筆は無理なので、夫婦であちこち取材旅行に出かけ、撮影し、ブログ記事を書くというスタイルを取りました。今で言うところの「ワーケーション」を既にやっていた、ということにもなります。

動画取材とブログ執筆には8ヶ月間関わりました。期せずして、「昔やりたかった(やろうかどうしようか迷った)ライター」になることになり、正直、嬉しかったです。と言っても、そこそこ上手く書けるだろうと甘い気持ちでいたところが、見事にダメ出しの嵐で、高かった鼻は無残にへし折れ、一気に自信は失せ、文字通りマイナスからのスタートでした。

自分の未熟さ、成果が出ないことに、非常に悩みました。ピーク時は、もう限界かなと思い詰めたくらいです。そのぶん、担当者さんにはものすごくお世話になりました。

最後に、コクヨのTHINK OF THINGSさんを取材した記事を社員さんが読んで大変喜ばれ、直接お礼を言っていただいたのには救われましたし、やり切った感がいっぱいで泣きそうになりました。無事に終了できて、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

どれも全く未知で無知なところからスタートして、とてもよい勉強になりました。

95%の楽しさと、5%の不安

結婚して同居するようになってまだ8年ですが、15年一緒にやってきて、95%は楽しいことばかりでした。

この間、寒い時期には暖かい千葉の海沿いの御宿、暑い時期には埼玉県秩父市の涼しい山で過ごし、年末年始は都会(練馬区)とグルグル移動する暮らしをしていました。あちこち移動して美味しいものを食べ温泉に入り、とても楽しかったです。

もともと夫は、15年間、大阪の会社とテレワークで仕事が出来る環境にあったので、ネットカフェやホテル、旅館、温泉、ファミリーレストランなどでも普通にパソコンで仕事をしており、収入も安定していました。いわゆる「ノマドワーカー」を既にやっていたわけです。

そういう意味ではふたりとも、好きなことを好きなようにやってきたし、非常に恵まれた生活で、至れり尽くせり、人からもよく羨ましがられました。

こんな恵まれた生活ですが、実は私自身には、5%の不安がいつもありました。自力でアートでお金が稼げない不安と、「いつか借りを返さなくては」という不安です。「そうじゃない、それは違う、こうだよ」と夫に怒られるたびに、「自分は彼の投資に値する人間なのか、価値のない人間ではないのか」と落ち込むばかりでした。自分に全く自信がありませんでした。

夫は、私と出会ってから、マンションや中古住宅などを7軒購入しています(!)。最初は、自分たちの事務所なんだ、アトリエになるんだ、と煌びやかな希望と夢で胸を膨らませてましたが、買ったのにすぐに片付けないし使おうとしない…。そんな物件が増える度に、「放置したままのこれらの物件、彼が死んだら後片付けを全部自分がやるのか、それが彼への恩返しになるのか…」と暗い気持ちでいました。

不動産や動画取材などは、そもそもは好きでもなんでもないですし、全然興味のないことでした。収入確保のために良かれと思って夫が段取りしてくれたことですが、正直、疲れたし苦しかったしキツかった。それでも、ブーブーと不平不満、文句たらたら、ヘロヘロになりながらも努力するうちに何でもやれるようになり、人から褒められたり喜ばれたり感謝されることで、少しずつ自己肯定感が高まってきたのは事実です。

ただ、「好きなことをしても、結果に結びつかない=食べていけない=自分はお金を稼げないという事実(思い込み)」が痛かったです。

イラストや詩やカラーセラピーや切り貼り絵などもやっていて、夫に「もっと自分をプロデュースして欲しい売れるようにして欲しい」とずっと思いつつ、目の前のことをさばくのに忙しくて言えませんでした。

妻ではありますが「人」として依存していたんです。人任せで不平不満だけで行動しない、痛い痛い人でした。

コワーキングスペース巡りの旅で芽生えた自立心と夫婦役割分担

そうこうするうち、昨年、夫の大阪の仕事が契約満了を迎え、私が担当していた不動産相談の仕事も終了となり、夫婦とも稼ぎがなくなる事態を迎えます(!)。

夫からは、本格的に自営業として「ふたりで同じ仕事をして稼いでいこう」と宣言されましたが、正直言って嫌でした。でも、稼いだ経験がない、稼げない(と思い込んでいる)人間としては何も言い返せません。

意味も分からず言われた通りにはじめたのが、昨年の「コワーキングスペース巡りの旅」です。18ヶ所のコワーキングスペースを巡って、お話を伺ってきました。これまでもアート取材、動画ブログ取材の経験もあり、人の話を聞くのは好きだったので全然、苦ではありませんでした。

ところが、ここである変化が生まれます。現場で実践を積んだ経営者、責任者の方のお話しが聞けて楽しかったですし、私自身が皆さんの豊かさを少しずついただきながら、自分が豊かになっていくのを実感したのです。

そして、夫におんぶに抱っこで甘えたまま夫のせいにしてきた自分の未熟さを戒めて、ひとりの人間として精神的に自立しようと心に誓いました。

コワーキングスペース巡りの旅では、地方の抱える課題を知ることになりました。それが、「空き店舗、空き家問題」「若者流出」です。

そして、新潟県長岡市の中山間地域にある、古民家でIT企業が合宿できるお試しサテライトオフィスの取材をきっかけに、テーマを「地域おこし協力隊」「移住関連」にシフトしていきます。

長野県や新潟県では、移住体験住宅に滞在して、地域おこし協力隊の方々や移住促進活動をされている皆さんのお話を聞きしました。当事者とコミュニケーションを取ることに多くの時間を割き、一軒一軒、ひとりひとりと関係性を築きながら、知り得た情報や知見をフィードバックしていきました。

この仕事では夫ともよくよく話し合った結果、役割を分担しています。表で人と会い、イベントに参加するのは、私。企画とビジネス交渉、お金の管理、ついでに運転とスケジュール管理などのマネージャー業は裏方である夫です。

私は、何気ない雑談が好きで、雑談の中から問題や課題や真意を知る探るのが好きですが、夫は雑談は嫌いで、お題が決まっているディスカッションやビジネストークが好き。情報の検索力に優れ、アイディアやひらめきも多いので、困りごとに対して「こうすれば?こうしたら?こんなことあるよ」と投げかけるのが得意な人です。お互いの特性、個性に応じて、役割分担をしました。

おかげで、普通の主婦で、お金の稼ぎ方を知らない、ビジネスを知らない私は、人と会ってお話しすれば仕事になり、ビジネスの話になった場合は、夫と話してくださいと振ればよいので安心できました。

自分ゴトとしての「移住ソムリエ」はこんなことをしていきます

夫婦で同じ仕事をしていこうと決まったものの、まだ「何をやるか」は定まっていませんでした。ただ、コワーキングスペース巡りの旅がきっかけで知ることになった「温泉ソムリエ」の皆さんは、温泉愛が嵩じて地域活性化と地域おこしに繋がっている素晴らしいコミュニティなので、いつも注目していました。

それに刺激を受け思いついたのが「移住ソムリエ」です。早速、有楽町のStartup HUB Tokyoに入会し、ソーシャルビジネス創業塾に通います。そこで、ビジネスの基本を学び、事業計画書なども作成していきました。

では、その「移住ソムリエ」とは何なのか?

ずばり一言でいいますと、「地域(移住して欲しい地域)と人(移住したい人)を繋げる」人のことです。こんなことをやっていきます。

(1)まずは「旅する小箱-cobaco.art-」東京と長野と新潟を繋げます。

今、まだここです。西東京の「ひばりが丘テラス811」のボックスショップ「HACONIWA」さんをお借りして、長野県のハンドメイド作家さんをプロモーションし作品を販売します。マルシェにも参加します。

小箱は移動し、長野で東京の作家さんの作品を販売し、新潟の作家さんの作品を販売する小箱も準備し、小箱自体も売れるようにして、東京と長野と新潟を繋げ、人の流れを創ります。

(2)空き家と空き地を使ってアートイベントを展開し地域と人を繋げます。

次に、長野県と新潟県で、空き家と空き地でアートイベントを開催します。ここでも「旅する小箱-cobaco.art-」を出店しつつ、その空き家と空き地のある地域へ人の流れを創り、その地域と地域の人、東京や長野、新潟からの人を繋げます。

(3)これらの人と地域の繋がりを創るイベントを、東京と信越から、雪の降らない四国、雪の降る北海道へと繋げます。

(4)空き家を一軒減らし、移住者をひとり増やすことを目的に、お試し移住、チャレンジショップ、ビジネスのプロト版構築ができる「定住シェア」を展開します。

この「定住シェア」が「移住ソムリエ」の最大のミッションです。

これは、空き家を手に入れて直しながらさまざまな活動に使い、地域のコミュニティとして機能させ、改修できたら売却する。すると、空き家が一軒減り、移住者がひとり増える。そしてまた、次の物件へと移動する、というものです。

来年、空き家を有効活用する目的で前述の不動産のNPO法人を承継し、この活動に協賛いただける企業や団体を募集します。

(ご興味ある企業様いらっしゃいましたら、是非、ご連絡ください。夫婦二人ではなかなか広がりません。一緒にやってくださる方、ご協力いただける方、企業様、募集中です!)

今、自己肯定感は全く低くないです。皆さんからいただいたお知恵や体験を、今度は自分が他の皆さんや困っている地域のために使っていけばいい、自分が頂戴した豊かさを次へと循環すればいいんだと考えています。

私が移動し、関係を繋ぎ、人が行き来する流れを作り、交差するハブにすることで皆がWinWInになるようにしていく。「移住ソムリエ」として、そう意識しています。

ある人からは、「苦労ばかりしてきてスゴク辛かったと思う。お金にもなってないでしょ。でもいつか、その苦労が仕事として、お金として戻って来るから。ぜひ、活動を続けて欲しい。いつでも相談に乗るし協力する」と言われて身に沁みました。

ここまで親身にはっきりと言ってもらって、初めて私がやっていいんだな、私がやるんだな、と自覚しました。常々、夫からは「代表は君だから」と言われてきましたが、「移住ソムリエ」としてやっていく覚悟が静かに芽生えたのが、この時です。

そして、果たして、これで借りを返せるのか?

こうして、少しずつ自分ゴトになってきた、私が起業するんだと自覚も出来ました。でも、まだ、ずっと長年抱えていた深い不安があります。「果たして、これで借りを返せるのか?」

意を決して夫に告げました。「君は僕の投資と言われ続けた、この15年。ずっとあなたのお金で食べてきた。食べるだけ食べて、使うだけ使って、全然稼ぎに繋がらない、足ばかり引っ張ってプラスにならない、マイナスしかない。投資分、借りを全く返せていない。それで新規事業をはじめて大丈夫なのか。心配で不安だ」と。

すると、

夫「そんなこと言ったっけ?」(心の声「ひどーい!」)

夫「もう充分、借りは返してもらったよ。気にしないで」(え?そうなの?)

私「じゃあ、もう借りを返すとか考えなくていいの?」

夫「全く不要。好きなことしていいよ。でも今までのやり方じゃ食べていけないから、ビジネスになるよう、僕がサポートする」

皆さん、聞きましたかー。

コワーキングスペース巡りの旅からのこの2年の間、一緒に移動する時間が長い分、夫婦喧嘩もメチャクチャしました。いちいちカチンと来て、すぐ感情的になって、もうやだ離婚しようかなの嵐。

でも同時に、それだけ夫のことをひとりの人間として見ていなかった、知らなかったんだな、と愕然としました。いいところばかり見て、楽しむだけ楽しんで、面倒なこと嫌なことは見ない振り知らんぷり…。

これを機に、彼の人間性ときちんと向き合い、自分の人間性も併せて、共有、連携する。どうしたら夫婦で笑顔で楽しく気持ち良く快適に生きられるのか。夫婦間でじっくり、互いの適性を踏まえた上で、人生、ビジネスのパートナーとして、懇々と話し合って来ました。

逃げようかとも思った、面倒で辛くてキツかったけれど、向き合うしかなかった。その地味で地道な作業の果てに、やっと客観的に、冷静に見れるようになった。

今まで、ずっと「借金を返してくれて、食べさせてもらって、結婚もしてもらって、生活に困らない、大事に大切にしてくれる、尽くしてくれる良い旦那さん」に甘えっぱなしの負い目と「借りを返さなくてはいけない」という不安が大きく根深くありました。

しかし、もうそれはなくなりました。これで、やっとマイナスからゼロになったんです。夫婦として、人間として、やっと対等になった気がします。夫婦で一緒に仕事をしてる皆さん、結構いらっしゃると思うんですが、私はこれでやっと「スタートライン」に立てた気がしました。

自分の人生は自分で創造しよう

私の究極の願望は、お気に入りの地域をあちこち移動して、気に入った場所に泊まり、好きな人に会い、美味しいものを食べたり飲んだり話したり体験したりして、その日一日を楽しむ。歓迎されて、喜ばれて、お金もいただけるお仕事をして、好きに絵や詩を書いて温泉に入って、のんびり寛いで、穏やかにのほほんと生きる。

すっごい漠然としてて具体的なこと何ひとつありませんが、これが私の願望です、やりたいことです。その行きついた先が「移住ソムリエ」なんですね。

だから、仕事、ビジネスの部分は、なんだっていいんです。私がやってて楽しいこと、好きなことで、人様のお役に立てて価値があるものでビジネスになるのであれば、何でもできるわけです。私という人間を通じて、ひと様から頂いた様々な豊かさを誠実にシェアしていきますので、是非、有効活用していただきたいです。

個人的には、自分に素直に、正直に、誠実に生きる。そして、自身の真意を尊重することを何より大切にしています。自分の人生は、常に自らの選択と行動によって創造しているという自覚も持っています。自分の人生は創造できる。自分で動くしかないのです。

実は、30歳の時に、「あなたは31才で人生が変わる。美術方面に行く」と占い師さんに言われたんです。すでに夫に出会っていたので「こんな人に会ってるんですけど」と相性を見ていただきました。

「あなたととっても縁がある人。あなたに尽くしてくれる。絶対捨てない、裏切らない、あなたを大事に大事に大切に育ててくれる人。あなたは好きなことして、いっぱい勉強して、自分をどんどん磨いて、この人をどんどん利用して、どんどん高い所に行って、最後はこの人を踏み台にしなさい。そのくらいが、この人、喜ぶわよ」

ドン引きです!それは、いくらなんでも可哀そうでしょう申し訳ない。でも当たっている部分が多いので、なるべくして夫婦になった、縁があった人なんでしょうね。

ここに至るまで15年もの時間がかかりましたが、45歳の今、いろんなことに気づけました。このタイミングでの起業で、ちょうど良かったのだと思います。今、まったく後悔はありません。苦労さえも楽しかったことばかり。これから先、何があったとしても、夫婦二人三脚で歩いて行きます。これからも、「こんな夫婦もいるんだな」と笑い飛ばしくださいね。

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