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「ワーク・アンド・ヴァカンス」でいこう!〜大学生、生産者、そして経営者として「食」と「農」に関わってきた私の生き方〜(後編)

Text:佐々木順平
編集:トイロハ・ワークス編集部

※前編はこちら

学生と会社設立、そして「生き金」を生むということ

2013年、28歳になる年に晴れて大学生としてキャンパスライフが始まった。同期は若さとパワーが漲る8学年下で、その勢いに圧倒されつつも、自らが学びたかった分野の講義を受ける毎日はとても充実した日々だった。

2年生の後期からはゼミも始まり、農業が盛んな中山間地域でフィールドワークを行い、生産者さんとコミュニケーションを取りつつ、地域のイベント等に参加させて頂くことができ、改めて大学に入り直して良かったと感じた。

そして4年生で既に31歳。今まで学んできたことに関しては満足感があったが、しかし、やっとスタートラインに立てたと感じていた。そこで、卒業後は大学院進学を選択し、今、32歳からの大学院生活を送っている。大学院でのテーマは「イタリアにおける農産物流通と農村再生に関する研究」で、修士論文の他に学会誌にも寄稿している。

そして、大学生と生産者を続けながら、新たなステージへ向けて2014年に株式会社フードビートを起ち上げた。

当初の事業目的は地域内の生産者さんから野菜を集め、地域内で販売する地域内流通を軸とした農産物販売だった。農産物を外に出すのではなく、まずは地元の方に食べてもらう事、そうして地域の方達が地域の野菜の魅力を発信する事こそが日本農業が生きていく最善策だと考えたからだ。

会社を経営する上で大事にしていることがある。それは「生き金」を生んで「生き金」を使うということだ。私はお金を稼ぐことだけが目的であれば、難しいことではないと思っている。ただし、お金の質となると話は別だ。

自分の中では次のルール設けている。

第1に、お金を払う方といただく方、そのどちらが上でも下でもなく常に対等であること。
第2に、自分がその仕事を楽しめること。
第3に、自分の周りの人が喜んでくれること。

そこで生み出されるのが「生き金」であり、「生き金」を使うことを常に考えている。

逆に、絶対しないように心がけているのは「死に金」を得て使うことだ。あぶく銭のようなお金や意図せず入ってきたお金はすぐになくなる。何かをごまかしたり、人を騙したりして簡単に稼いでも、そのお金で質の良いモノは得られない。そんなお金はあっという間になくなり、なくなると同時に周りの人も居なくなると考えている。

継続的な信頼関係を築くことがすべて

当社の行う農産物販売では、週に2回、直接生産者さんのところへ足を運び野菜を仕入れ、消費者の元へ直接届けている。実店舗は持っていない。仕入れた野菜はその日のうちに売り切るため、車一台あれば十分だ。朝から夕方にかけて、10軒ほどの生産者さんを回るが、今では地元の飲食店さん20店舗、一般家庭15軒ほどに届けて食べていただいている。

都内へも月に数回伺うが、営業は一度もした事がなく、ありがたい事にこれまでクチコミで広がり、むしろお断りすることさえある。ここまで広がったのは、実店舗や特定の消費者へ継続的に販売する事で信頼関係を築き、お互いに心地よい人間関係を大切にしてきたからだと自負している。

売り手と買い手の関係ではあるが、商売を超えたコミュニケーションも大切にしていて、飲食店のお客さんのお店には出来るだけ顔を出して、時には一緒にお酒を飲むし、一般のお客さんのお宅でのホームパーティーなどにご招待いただき、自ら野菜料理の腕を振るう事もある。逆に、生産者さんのところへ消費者の方を誘い、農場見学なども行なっている。

同じ尺度や価値観を持ち、モノを大切にする人との対等の付き合いをしていくことが何よりも大事だと考えて活動している。だからこそ、今は多くの方から大切にしていただいていると実感しているし、その方達に支えられて楽しい日々を送らせて頂いている。

表面上の利害関係や、自分の利益しか考えない関係は全て相手から吸い取ろうとするスポンジのような関係だ。世の経営者の中には、この辺りを上手く利用し合うこともあるのだろうが、経営者として無能な私には到底できない技だ。

それより私は自分の信念を持ち続けたい。自分に嘘をついて生きることはできないし、その時だけいい顔をして、その場しのぎの人間関係を作ろうとも思わない。公私ともに、お金だけに留まらない有益な関係になる機会を与えてくれた方々を大切にすること、そして自分の価値を落とさないことを肝に銘じている。

私が行う仕事は主にコーディネートだ。コーディネーターという仕事は、対象の人やモノ、地域が目指すべき目標に行き着くための「きっかけ」を作る事だと考えている。

その仕事をする上で私は自分なりのポリシーを持っている。それは、黒子に徹することだ。コーディネーターが目立つ事で成果を上げる例も確かにあるが、私の考えとしては、依頼主が目的を果たすためにサポートはしつつ、自立される方向へ誘うことが、長い目で見た時に最も喜ばれることだと考えている。従って、その役割が目立たない方がいいと感じている。

結局は、いずれ自分の仕事をなくす、という事につながるだろう。しかし、そこまで考えなければコーディネーターやコンサルタントという仕事は務まらないのではないか、そう考えている。

「有機的」な人間関係がモノの売買ではない情報の売買を可能にする

日本の有機農業は1970年代頃から普及したと言われている。だが、当時、有機農業を行う生産者は変人扱いだった。村八分になることもあったと聞いた。そうこうするうち、消費者側からも家族に安全なモノを食べさせたいと願う婦人運動が起ち上がり、有機農業を推進する取り組みが始まった。

前述の通り私は農薬で身体を壊したことがきっかけでこの業界に入ったが、活動を始めた頃は、有機農業、有機野菜をとことん追求し、有機農業や自然栽培を行っている生産者を求めて農園を訪問していた。人体はもちろんのこと、環境負荷が少なく地球にも優しい農業は、当時の私の心を鷲掴みにし、極端な話、有機農業以外は認められないとまで思っていた気がする。

しかし、いつしか多くの生産者さんと関わるうちに決して慣行農法(農薬や除草剤も基準内で使用する)がいけない訳ではなく、消費者が何を選んだらいいか分からない制度自体に問題があると気づいた。慣行農法の生産者さんは、農薬を使う意味や農薬による影響を理解した上で慎重に使っているし、できるだけ少なくする努力をしている。少なくとも私が関わらせて頂いた生産者さんはそうだった。

そうして、有機農業、有機野菜にこだわることをやめた。慣行農法であっても信頼出来る生産者さんに出会ったことから、慣行栽培の野菜を販売し、消費者の方達が選ぶ基準を持ってもらうことを心がけていった。今では、農法ではなく、誰が作ったかを指定して購入してくれる消費者も増えている。

事業立ち上げ当初からお世話になっている、主にミニチンゲン菜を慣行栽培する生産者さんの野菜は、本当に美しく、パッケージされた野菜をみればその生産者さんの人間性が伺える。もちろん、その生産者の野菜は今も大人気の筆頭だが、有機農法でなくても、ストーリーや背景、生産者さんの栽培に対する想いを伝えることで、農産物は選んで頂けるということだ。まさにこれこそ、私がやらなくてはいけないと感じていたことだった。

つまり「有機」とは農産物というモノに限ったことではなく、むしろ大切なのはそこから密度の濃い人間関係を構築することであり、土のように様々な物質が混ざり合い、フカフカで、一見余分に見えるモノも、実は大切な栄養素になる関係、それこそが有機的な関係だと考えている。

そして、それがあればこそより良い仕事ができる。してみると、私の事業の目的はコミュニケーションをアナログ化して再構築することと言えるかもしれない。

野菜販売の日には最低でも1日200km、約8時間、車の運転をする。野菜販売とは言うものの、明らかに業務の大半は運転だ。しかし、それも含めて野菜の販売は心から楽しいと思っている。生産者さんと玄関先でお茶を飲み、届けた先でお客さんと世間話をし、ありがとうの言葉を聞く。何ものにも替えられない価値を得ている。

仕事は、知識の集積と、経験、信頼関係があるからこそ商売として成り立つ。野菜販売もそのようなスキルが身に付いていてこそできるのであって、誰でも出来るわけではない。「お金をいただく事=プロフェッショナルであること」を自覚しながら、そうしたスキルで仕事を全うできる満足感を得ることができるからこそこの事業が成り立っている。

車を200km走らせて野菜を仕入れに行く手間と時間の対価として代金をいただく。ただし、そこには自分が長年蓄積してきた知識や、時間をかけて集積した情報を付け足すことで、他ではできない事業が成立する。例えば、その野菜を使った料理に対するアドバイス、生産者さんの情報などが対価となり得る。その情報の質と量が、お客さんに選ばれ続ける理由であり、他社と差別化できる理由でもある。表面上はモノの売買だが、実際には手間と時間をかけた情報の売買だ。

ただし、情報というものは簡単にはお金に変えにくい。情報源である生産者さんとその情報を提供するお客さん、その双方とも密度の濃い人間関係を構築し、継続的にコミュニケーションを心がける必要がある。そしてそれこそが、プロフェッショナルの仕事であると考えている。

インプットとアウトプット

「食」と「農」を仕事にしようと思い立ってからはや10年以上が過ぎた。毎日、一日も情熱は途切れることなく色々な経験と知識を詰め込んで来た。

株式会社フードビートの現在の業務内容としては、地域内流通を軸とした農産物流通、6次産業化支援、食や農業を通した地域活性事業、食関連イベント企画、イタリアの食文化を現地で学ぶ育成事業(UMAO/地中海オリーブオイル鑑定士組合)の日本営業などの他、イタリアワインインポーターの営業のお手伝いなども行うなど、とにかく「食」と「農」に関わること様々だ。最近では、専門学校で臨時講師としてお話をさせて頂くことや、商品開発のお手伝いで1次産業者さんや飲食店さんへアドバイスをさせて頂く事も増えてきた。

これまで、日本や世界の農業の歴史や仕組みや法制度、アグリビジネス、農村社会学、マーケティングなどを学んで来た。実際に生産者さんに近づくために栽培のノウハウも大体身につけた。その経験があったからこそ今があると思っているし、学んできた事がパズルのように組み合わさり少しずつカタチになってきた気がする。

ただし、インプット以上に重要なのはアウトプットすることだ。インプットとアウトプット。これを繰り返し行う事で、自分の知見を深め、また新たな情報を受け入れる体制を整える事ができる。仕事として引き受けた事は、何事も真剣に取り組み、その度に学んだことや今まで得た知識の整理をして、自分の持っているモノを活かしていただけるようにしている。インプットとアウトプット、正反対の言葉は表裏一体であり、共存共栄なのだ。

最近は地方での商品開発の仕事や、地域を盛り上げたいという案件でお手伝いさせていただく事が多く、群馬と東京と地方とを行ったり来たりする生活をしている。回遊魚のような性分のため、この生き方が大変フィットしているが、むしろ、もっと日本全国、世界各国を駆け回りたい。

そんな生活の中で何が一番の楽しみかと言えば、色々な地域に行った際にいただくその土地の料理とお酒、そして地元の方達との交流は最高の贅沢だ。もちろん、ただ呑んだくれているわけではない。商品開発の仕事には必要な、その地域のトレンドや、お客さんの属性、商店街の活気など、仕事につながる情報もしっかりインプットしている。

公私のメリハリをつけろとは良く言われたが、私にとってそれはナンセンスだ。今の生き方は仕事と遊びが共存し、遊びが仕事になり、仕事が遊びになっている。楽しさが次の仕事を生み出している。

「ワーク・アンド・ヴァカンス」でいこう

当社の経営理念は「ワーク・アンド・ヴァカンス」、座右の目は「ワーク・ライフ・バカンス」だ。ちなみに、「ヴァカンス」と「バカンス」はあえて文字を変えて使い分けていて、「ワーク・アンド・ヴァカンス」は国際的な発音に近く、「ワーク・ライフ・バカンス」は日本のワークライフバランスに掛けている。この2つだけは広めていきたい数少ない言葉だ。仕事が遊びになって、遊びが仕事になる。この言葉が生まれたのは、ある男との出会いがきっかけだった。

今から4年ほど前に、オリーブオイルソムリエの仲間から、オリーブオイル鑑定士という講座があるとの誘いがあり、再度、イタリアに渡った。そこで、その男と出会った。彼は約20年、イタリアに住んでいる日本人で、イタリアで醸造学を学びワインの醸造家になった後、現在はイタリアの食に関わる仕事をしており、その講座の通訳兼コーディネートをしていた。

初めは、胡散臭い男だなぁと思っていたが(本音)、話すうちに彼はイタリアを愛し、とにかく仕事も遊びも楽しんでいるということで意気投合した。その後もお互いに日本とイタリアを行き来しながら親睦を深め、公私ともに真面目な話、バカな話をし合える関係となり、ついには当社の役員になり、今では一緒にイタリアの「本物」の食文化を発信する事業を行っている。

彼との出会いは、仕事だけではなくイタリア的な生き方を感じさせてくれるかけがえのない出会いとなり、その結果、「ワーク・アンド・ヴァカンス」、「ワーク・ライフ・バカンス」の概念が生まれた。

ちなみに、日本人には考えられないだろうが、ヨーロッパでは昼のミーティングでワインが出てくることがある。日本でも、食関連のイベントのミーティングをしている時ぐらいは、昼間であってもワイン片手にイメージを膨らませたいものだ。

働き方、生き方は、様々なことを経験した自分でしかデザインできない。私は、そのデザインを多くの人と共有出来るようなライフスタイルを歩んでいきたいと考えている。そんな生き方は理想論に過ぎないと思われるかもしれないが、こんな生き方で周りの皆様に支えられて、今を生きているのが私の誇りだ。「つなぐ人」を名乗って13年、多くの方につないでいただいて今がある。

今後、どんな楽しい事が待っているのか考えただけでもワクワクするが、一年後には日本国内にはいないかもしれないし、会社を畳んでどこかの企業のお世話になっているかもしれない。それはまだ自分にも分からない。

だが、とにかく、今この時を楽しいと感じながら全力で生きていこうと思う。今日以上に明日、明日以上に明後日がもっと楽しくなっていると確信している。

「ワーク・アンド・ヴァカンス」、「ワーク・ライフ・バカンス」、ご一緒にいかがですか?

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