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「旅、ときどき仕事」というライフスタイルが実現するもの〜水のように、蜂のように移動しながら仕事する方法

Text:今井朝美
編集:トイロハ・ワークス編集部

About me 順風満帆な時など一度もなかった私のこれまで

はじめまして。今井朝美です。「つなぐひと」として早5年。生き方の2nd stepに入りつつある今日この頃に、こちらでコラムを書かせていただくことに大変感謝します。まず、軽く自己紹介を。

1987年東京江戸川生まれ。第3次ベビーブームらしい。親の転勤を経て、千葉県木更津市にて青春時代を過ごす。小学校時代は地域のオーケストラサークルでクラリネットを吹きつつ、自治会の和太鼓チームに入りかき鳴らす毎日。中高はもちろん吹奏楽部で汗を流し、どちらでも部長を経験。

高校三年の最後の演奏会前に父が他界し、それまで夢であった「医者になること」のために全精力をかけてきた学業を見直す。結果、働きながら学ぶため夜間部があった青山学院大学・大学院に入学。昼間は企業で働き、ダブルワークもなんのそので学業に励む。卒業の頃には企業経験七年目。

新卒採用をまんまと利用して洋服屋でそれらしく働き、その後務めたベンチャー企業で「社長より働きすぎ」とのことで辞めることになり、25歳の時にフリーランスとして独立しました。データベースのUIデザイン、イベント運営、事務局代行、デザインもどき、カフェのオープンなどなど、数々やってきた後、頑張りすぎて10年連れ添った方と29歳になる頃にお別れ。現在31歳。

今でこそ、多拠点や複業などといった働き方や生き方が注目されていますが、私が独立した頃はそんな手引きややり方は一切ない。WebデザインやITもようやく出てきた頃ですが、万年文化系の私には到底そんなジャンルで得意技を身につけることはできませんでした。

試行錯誤の連続で順風満帆な時など一度もなかったんですが、ただ、その結果として、その経験が生き方のスタイルを作り上げてくれたことで、こうやって世の中へ発信することもできるようになりました。時代は変わってきたんだなと、つくづく思います。

Next to new age 次の世代へつなぐということ「旅ときどき仕事」

そうこうしているうちに、気づけば31歳。もちろん、自分自身の人生も楽しくなってきたものの、同時に次の世代に何かを残していくべき年齢になってきました。決して若くなく、決して年寄りでもない世代へ突入し、楽しみながらも仲間を増やしてもっと生きやすくしていきたい。

そんな中で出会い、仲間と始めたのが「旅ときどき仕事」です。

「人が自由に場所を行き交うことで、
人・モノ・文化が壁を超えてまざりあう世界をつくりたい」

旅、ときどき仕事とは、働く場所や拠点、モノやコトにとらわれず、
旅をしながら働くワークスタイルを提案していく団体です。

現在さまざまな場所へ仲間たちと訪れながら、
あたらしい働き方の可能性を模索しています。

ノマドワーカーのようだけれど、働く場所が自由なことだけではなく、
「旅」と「仕事」を両立することが目的。旅先を第2、第3……のホームに変えて、
「さよなら」を「行ってきます。またね」に変える。

旅と仕事を両立する「背中を見せる」企画。それができる職業も増えたこの時代に出会った5人で運営していて、私が最もアナログな仕事を受け持っています。

「旅ときどき仕事」が始まったのは、2017年最初の宮古島旅。これを言い出したのは、フリーランスライター一年目の古性のちでした。

「旅も仕事もあきらめずに、両立できる人が世の中に増えたら」

そんな想いを抱いたのは、”旅人”に対する、世間の印象を身をもって知ったからでした。

「がんばることを辞めて、ドロップアウトしちゃった人」
「いつまでもふらふらと遊んでいる人」
会社を離れフリーランスとして独立し、長期の世界一周に出かけたわたしへの世間の評価は、そんなところでした。

「旅人=遊び人」

わたしたちは世間のこの印象を、変えてみたい。

旅は、遊びではなく「人生を豊かにするために必要不可欠なスパイス」。
心からそう思うんです。

だからこそ、旅も仕事もあきらめない人が世の中に増えて、旅と仕事を両立できたら。
きっと、世間の抱く旅人へのイメージがドロップアウトや、遊びではなくなり、旅することが特別なことではなくなる気がしています。

そんな想いから、この「旅、ときどき仕事」企画ははじまりました。

彼女とは全く面識がないどころか名前も知らない中で、友人から「島好きそうだから行ってみなよ」と言われて応募したのがすべてのはじまりでした。

宮古島から戻って考えたのは「これ、もう少しムーブメントにできないだろうか」ということでした。世界旅から戻ったばかりでほやほやの気持ちを抱えている古性のちの写真展の開催を支えつつ、いっそみんなにそのやり方も伝えて行こうとなり、このメンバーが集まりました。

私は主に運営・案件関係を担当。第1期の半年間、毎月「旅とき」する場所は、私の仲間たちである各地の「みんなの移住計画」にご協力いただきました。その調整や、東京に戻って来た際に開催するコミュニティメンバーへのワークショップ、アンバサダーたちとの「旅ときどき仕事」の内部ブランディング、案件整理などを担当しています。(移住計画についてはまた次回詳しく書きます)

What we are doing 「旅ときどき仕事」がしていることと「水」のような私

「旅ときどき仕事」が行なっているのは全部で3つあります。

(1)コミュニティ

私たちがまず行なっているのは、「旅も仕事もあきらめずに、両立できる仲間づくり」。もともと、古性のちの写真展を各地で行うという企画がメインにありつつも、クラウドファンディングで「コミュニティへの参加」をリターンとして採用した理由は、まさにここにあります。

モノや体験を対価するのではなく、「継続的に関われるコト」をお返しする。そうすれば、一緒に環境を作っていける。それに妥協しない人たちと一緒にいたい。一緒によりよく生きていきたい。

私たちが大切にしているのは、センセーショナルなサービスや場所ではなく、何よりも「一緒に生きていけるあなた」だというのが、私たちが一番伝えたいメッセージでありミッションです。

(2)旅、ときどき仕事 通称「旅とき」

「次はどこで『旅とき』しようか」。これが、もはや合言葉以上に常用語になっているのが私たちです。「旅と仕事を両立させる旅をする」という意味。第1期の半年間は、毎月、日本各地へ行って実施して来ました。

ある時は、コワーキングで。ある時は、ゲストハウスのラウンジで。ある時は、川べりで。仕事は、考え方次第でどこでもできる。その背中を見せられるような旅を展開し、共有し、また旅をする…ということを続けています。

「旅とき」にガイドはいません。行程もありません。ただ自分がしたい仕事と旅を、一緒に同じ場所でする。たったそれだけのことですが、この心地よい距離感が、無理のないコミュニティを作っていけている理由です。

(3)交流会・勉強会・報告会など各種イベント

「旅とき」をした先々では、せっかくなので「旅」と「仕事」について、各地で対話の時間を設けて来ました。「旅×仕事ナイト」は、毎回金曜夜に場所をお借りして、その地域から、アンバサダーから、そして事務局から登壇者を募り、質問に答えたり、議論したり、という時間です。

東京にいると、そういうイベントはよくありますが、地方の場合、まだまだその機会が少ないようで、各地でとても新鮮な仲間たちに出会うことができました。

12月に東京に戻った際には、「報告会」と題して原宿のVACANTをお借りし、古性のちの写真展を含めたイベントを開催し、3日間で延べ500名近い方々にご来場いただき、その後、第2期、第3期と毎回60名程度のコミュニティメンバーと共に旅と仕事を深めています。

「旅とき」と関わりながら、最近では海外や日本各地とボーダーを超えた連携も多くなってきていて、並行しているいくつかのプロジェクトとうまく編み込みながら、「水のような人」として柔軟に組み上げていっています。

水のように浸透し、皆に水分が行き渡ったところで、次へ。加えて、自分自身のそういう生き方を見せていく。一見、ものすごく大変そうに聞こえますが、要は自分が楽しんで生きていたらそれが仕事になっているということ。それを、「旅とき」をはじめ関わるすべてのプロジェクトにおいて一貫してそのまま表現しているのが、今の私のライフスタイルだと言えます。

About now 花から花へと飛び回る蜂の役目を仕事に

そうして、今、私は、生まれ故郷であるここ東京の西日暮里に作ったTiNiESというアトリエカフェを拠点にしつつ、月の半分以上を国内外の島だったり山の上だったりにホームを作りながら暮らしています。

主な仕事はプロデューサー、編集長、企画制作業務、ブランディング、およびそれに伴うデザイン業を少々。プログラミングや、ライティングは仕事にはしていませんが、結構な量で毎日人と関わる仕事をしています。都市圏ではギュッと濃密な打ち合わせがあり、それを持って行った各地でインスピレーションを受けながら企画書を練りこんだり、あえて違う土地へ行ってはマーケティング・リサーチを行なったりと、そんな日常です。

フリーランス3〜4年目は何よりもこなす仕事の量が多かったのですが、4〜5年目に入ってからは私の働き方に社会のほうが反応しはじめ、何かと相談に来てくれるようになってきました。そうした仕事が増えたことによって、自分が仕事の主導権を持つようになり、結果、自由度がより増しました。

今お受けしている仕事の大半は、「移動する事自体に価値がある」仕事です。それは、花から花へと飛び回る事で次々と受粉させていく蜂のような役目なのかもしれません。

私自身の旅は自由度が高く、加えて離島移住計画など自分の暮らしに近い仕事や活動も増えたことで、飛び回った先の人々とより濃い関係を築けています。「いつでも帰れる場所を作れる旅」という今のこのライフスタイルが、私の誇りです。

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