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「離島移住計画」で島をつなぎ国立公園をリブランドする〜知る・行く・棲みつくの旗印が目指すこと

(第1回「島を語らナイト」を離島キッチン日本橋店にて)

Text:今井朝美
編集:トイロハ・ワークス編集部

生きるということが旅

私たち人間は生まれてから死ぬまで、「動き」続ける存在です。それを意識することは基本的にはあまりないかもしれません。この「生きる=動く」というのは、時にはとても些細なことで、時にはとても大胆なことで、それはまるで旅をしているようだと気づいたのは最近のこと。

生命力を解放し海に自分のすべてを委ねるときもあれば、野に咲く花に心が動かされていたり、異国の地で出会った子供たちと抱きしめあって体温を感じたり。些細なことも大胆なことも全身で感じ取ることで、自分という存在を肯定できる。

そして、そのためのツールとして旅があります。だから、私にとっては生きるということ自体がもはや「旅」であり、仕事をしていても、コーヒーを飲んでいても、船に乗って風を感じていても、そして寝ているとしても、常に旅路の途中であり、どれもすべてなんら特別なことではないと思っています。

こうやって自分の「動く=生きる」を感じるとき、それは同時に「動かされている=生かされている」ということでもあると、最近悟ってきました。すべての行動は、自分の意思で進めているように見えて、そこには支えてくれるいろんな要素があるからこそできるのです。

「生きる」という強くたくましく勇ましい冒険家のような旅もあるけれど、「生かされている」という、よりしなやかで素直な自分があり、感謝の念とともに爽やかな気持ちに包まれ、なんとなく重力がなくなってくる旅もあります。

身も心もとてもシンプルになり、ついには「保有する」「独占する」という欲望があまり起きなくなってきました。中でも、最も所有欲、独占欲のないものが、家。もちろん、雨風をしのげて、安全を確保できる場所は必要です。しかし、モノとして「家」を持つこととに興味がなくなり、帰りたくなる「ホーム」を持ちたいと思うようになりました。たとえ物理的にそこに「家」という名の場所があっても、それは仮の止まり木のようなもので、心が帰りたくなる場所、温かさを感じられる場所(=ホーム)があれば十分だと考えるようになりました。

人は、そこにいなくてはいけない理由を、どうしても他人のせいにしがちです。仕事だとか、家族だとか、経済的にだとか、人は理由を作るのが上手です。もし、そう言われて怯むようであるなら、今、あなたも「ホーム」が欲しいのかもしれないですね。

全国の「移住計画」との出会いとみんなの移住ドラフト会議

でも、そもそもそういうことに向き合う時間がない人が多いことに気づきました。

そんな中に出会ったのが、全国20地域に展開する民間団体「移住計画」という人たち。「そこで生きてゆく人たちの旗印になる」という想いでつながり、各地に増えているこの団体は、完全に民間主導で移住を考え、「生きる」ということに寄り添おうという人たちです。

京都移住計画代表の田村篤史氏の想いから広がっていったこの団体は、規模も活動もそれぞれで、行政移住案件を行うような団体もあれば、移住について話せるサロンを展開したりと多種多様ですが、2017年「みんなの移住計画」として正式に全国がつながりました。

福岡移住計画がホストをして開催された最初の全国サミット(と呼んでいる)は、牡蠣で有名な芥屋にある元スーパーの建物をリノベした宿泊できるコワーキングスペースにて行われました。そこでは、各地の移住の現状や活動報告だけでなく、移住計画をやっているからこそ出てくるいろんなアイディアや考えをとことん語り合いました。

この合宿で決まったのが「みんなの移住ドラフト会議」。各地域が移住してもらいたいと思う人を逆指名するというイベントで、元々は鹿児島移住計画を中心とした鹿児島の有志たちが過去2回開催し、南九州、北海道と広がっているアイディアです。

指名されたら必ず移住しなくてはならないのではなく、1年間の独占交渉権が与えられるというもの。言葉は硬いですが、要は「1年間仲良くしてね」という意味です。

第2回目に指名される側として参加した私は、見事三島村1位指名をいただき、島に移住すると決めた大きな出来事でした。一見なんてことないようで、いざ指名されるとこれがまるで「好きです」とストレートに言われたような気分でとても嬉しくって、行ったことも関係も全くない場所と一気に距離が近づくのです。

このイベントを全国でも行おうと決まったのが2017年。夏に参加する地域の移住計画を仲人とした企業や団体が集まり、記者会見を開いて移住ドラフト会議実施を発表し、2017年11月にダイワハウス東京本社をお借りして第1回を開催しました。

この回から指名者や指名された側が各地へ赴くことを「キャンプイン」と呼ぶ文化が生まれ、移住ドラフト会議グループではキャンプイン合戦が行われ、地域にとってプレイヤーになるような人材が流動的に訪れるきっかけを作り出すことができています。

ただただ東京から移住したがっていた私が、気づけば彼らと波を共にしていて、この会が終わった後に、「ぜひ全国のみんなをつなぐみんなの移住計画の事務局に!」と誘ってもらうこととなりました。これをきっかけに、毎月毎月、移住計画の仲間を頼って、ホームからホームへ、自分のホームを探して飛び回り始めました。

1分で結成した「離島移住計画」

忘れもしない、リトウ部にお呼ばれの会。この時はまだ二人。ここにいた雄大をスカウト。そんな頃の2017年12月頃、離島キッチンで出会った幸さんと、こんな会話で始まりました。

「ねえねえ幸さん、島つなぎたいから離島移住計画やらん?」
「お、良いすね。やりましょう。」

代表は私。事務局長は幸(こう)さん。それから毎週末、島と人をつなぎたいという想い、それをどうするかを毎回どっぷり7時間以上話して、1月末に結成しました。

今までの島に関する企画は、どうしても「島」にフォーカスしてしまいがちだけど、人の暮らしって、実は地域はアイデンティティの一部であってそれがすべてではない。ならば、人ありきで、島を語れることがしたい。私たちの実体験が何よりもその証拠でした。

「あの人がいるから、その人が待っててくれるから、一緒に行ってくれるから、行きたくなる。行っちゃう」。これを大切にできる活動がしたい。その想いで繋がって行ってみたい。その旗印をやろう。

私が看板をやるから、幸さんがバックアップ。でも二人とも島生まれじゃない。ならば竹島の晋作を入れちゃおう。キャラに合わせて役割を決めて、そうして始まりました。結成直後に誘ってもらって登壇したリトウ部のイベントにて雄大をスカウト。個性派4人でスタートを切りました。私以外のメンバーはこちらをご覧ください。

忘れもしない、リトウ部にお呼ばれの会。この時はまだ二人。ここにいた雄大をスカウト。

知る・行く・棲みつくの旗印と合同会社の設立

島をテーマに活動していたり、島に住んでいたり、元々島の人だったり、島が好きだったりと、「島」というキーワードの周りには素敵な人がたくさんいます。ならば、何か新しいことをするのではなく、素敵な人同士がもっと繋がれないだろうか。そうして、私たちメンバーの間の合言葉は、いつの間にか「島を結う」になりました。

「結う」という言葉は、もちろんつなぐという意味でもありますが、元々日本にある「結」という文化は「一人でできないことを仲間で助け合って一緒にやること」でもあります。そして、「島」は「シマ」とも言われてきていて、「自分の暮らしている範囲」という意味があります。

「島を結う」という私たちの合言葉は、単に物理的に地域としてくくって島をつなぐのではなく、自分たちの暮らしている地域同士がつながって一緒に助け合っていこうという想いを表現している大事な言葉です。

だから、私たちの公式サイトでは、島の情報や行き方などを丁寧に紹介していたりしません。もうそれはいろんな人たちがやってくれているから。私たちの使命は、そんな仲間たちを発掘して、残して行くこと。仲間の軌跡を残せるのは、仲間の仕事だと思って活動しています。

例えば、アイランダー2018では、「Youは何しにアイランダーへ?」として20島へインタビュー。その後訪れることに。

元々の移住計画には「生きたい人が生きたい場所で生きるための旗印」という精神があります。この精神を私たちも受け継いで、島と仲間にとって、これから出会う人たちにとって、大切なことってなんだろうと考えた末に行き着いたのが、「知る・行く・棲みつくの旗印」という基本精神でした。

他の地域は、暮らす事を前提にしやすいですが、島は本当に多種多様で、自然環境や固有の文化など、一概にこれということができません。また、島という特性上、常に空き家があって、十分に管理されているわけでもなく、やはりある程度その場所を理解してから暮らした方が良い、半ば玄人向けな島も多く存在します。

そこで、まずは知ってもらって、行ってもらって、いきなり暮らさなくても良いから、セカンドハウスのつもりで棲みついてみてほしいと考えています。

あえて「棲」の字を使っているのも、いきなり移住して暮らすのではなく、なんとなくそこにいる時は気持ち良いな〜とか、安心できるとか、そういう感覚にまずはなってほしいという想いを込めています。また、このキーワードに合わせて、大小様々に企画を立ち上げたりイベントを行ったりし始めています

その後、離島移住計画はもっと事業化した方が良いことがありそうだということで、2018年4月に合同会社shimayuiを法人登記し、私はフリーランスから一人会社の社長になりました。島や自然に関わる暮らし全般を対象とした、なんでも企画編集部です。

離島移住計画は任意団体として、いろんな人を巻き込んで広く、どんどん実験もしていける場にしていきたい。そこから育って大きくなりそうなことや、行政・国が関わることなど、小回りよりもう少しがっちり目のことは、合同会社shimayuiでやろうということです。

当初幸さんと一緒にやる予定でしたが、幸さんは自分の会社を既に持っていたで、いっそ協働する形の方がゆるやかだし、自由度が高いねということで、ひとまず私一人で立ち上げました。

「国立公園満喫プロジェクト」オフィシャルパートナー事務局という仕事

合同会社shimayuiでは、離島移住計画がメイン事業になりますが、同時に日本に34ヶ所ある国立公園をもっと世界へ発信していく環境省の事業である「国立公園満喫プロジェクト」の事務局も務めています。

まずは8公園にフォーカスしてリブランディングを図り、この事業に賛同してくださっているオフィシャルパートナー企業と共にプロモーション活動を行なっていく事業で、パートナー企業の皆様を取りまとめる事務局の仕事を始めて早一年が経とうとしています。

長崎移住計画を立ち上げようとしている雲仙温泉街に初めてのゲストハウスを立ち上げた市来さんから、この事業の担当である加藤さんをご紹介していただいたのがきっかけでした。自然派フリーランスとしてリスタートし、島をテーマに活動し始めた私がひとつ気づいたのは、日本の国立公園のエリアにはかなりの確率で離島が入っており、実は彼らも国立公園であることを活かしきれていない事実を認識していたということです。

事業としては、オリンピックを見据えてはいるものの、大事なのはその先、2030年以降にどうなっているか。ここまで捉えて一緒に並走してくれる事業者になかなか出会えていないというのが課題でした。

過去にも大手企業が参画し、多くの予算が注ぎ込まれていたそうですが、この仕事はそもそも国立公園や自然に対する熱い想いと小回りのきく動き方、そして民間と行政をわたり歩ける柔軟な発想や知識が必要とされる仕事で、単に事務作業を行うだけの事務局ではなく、まさにラボラトリーのような動き方をしなければなりません。

民間とのコラボレーションにも柔軟でありつつ、専門事業者では逆に動きにくい仕事のようで、自然派として学び直したいと思っていた矢先の話でもあり、ぜひ学びつつ私にやらせてもらえないかとお伝えしました。

仕事としてお受けする前にも連日環境省へ通い、みなさんと時には夕方から深夜に至るまでデスクに資料を広げて話し合い、そもそも今何が課題なのかなど、とことん話し合いました。

この案件は、仕様書通りに出来上がったものを納品するのではなく、仕事を自らどう作り出せるか、まさに「仕事づくり」からの話。そのためには、費用対効果などを考える前にそもそもなぜこの仕事が必要なのかを腹を割って話し、腹をくくるという作業が必要です。その上で、どんなチームが必要か。今までの関係性の中で同じく腹をくくってくれる人がいるかどうか。ここが事務局仕事で肝になるところです。

なんでも完成品が出来上がるまでにはいろんな実験があります。私はその実験にひたすら並走して、0→1にしたい。意味のある0は、絶対に1になると信じて一緒に進む。合同会社shimayuiでもそのスタンスは変わらず、ここに自然というキーワードが今まさに入り、何を1にするのかが明確になってきています。

プロトタイプを作ることを怖がらない。今、私は、そんなスタイルで仕事をしています。

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