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高学歴でやりたいことがないやつは一回地方で働いてこい!〜地方自治体への「任期付き転職」のススメ〜

※神戸市が2月に開催したGovTech Summitでのトークセッションの様子

Text:吉永 隆之
編集:トイロハ・ワークス編集部

神戸市役所で働いています。吉永と言います。

2016年に神戸市に転職してきました。民間のIT企業で10年間、BtoBの業務システムの開発に携わったのち、福島県浪江町での復興支援の仕事を経て神戸市にやってきました。東京を離れて早5年経ちます。

この記事のタイトルの「高学歴でやりたいことがないやつは一回地方で働いてこい!」。これ、私自身のことで、東京都内で働いている当時、どこか違和感はあっても明確にやりたいことなんてありませんでした。仕事は楽しかったのですが、好きなことを仕事にしようみたいな風潮にはどうも乗れないでいました。

今回の記事では、友人・知人の影響で地方に飛び出した自分が、この5年で経験したことをまとめ、地方で働くことでどんな変化が起きたのかを振り返ってみたいと思います。誰かの、何かの参考にしてもらえたらありがたいです。

私が約2年通った福島県二本松市にある浪江町役場二本松事務所。2017年の避難指示解除まで役場のメイン機能が置かれた

初めての地方、福島で気づいた3つのこと

大企業で働いていると、今の仕事が社会課題の解決に繋がっているのだろうかという疑問を感じる人は少なくないと思います。転職して、より現場に近いところを選択する人は多いと思いますが、そんな方には是非、地方の、特に公務員として働くことをお勧めします。

私は、東日本大震災をきっかけに何の縁もない、福島で働くことを決めました。何の縁もないところへ飛び込むことは確かにハードルが高いことと思いますが、自分の想像以上に仕事を通じて多くの学びを得させてもらいました。

福島に転職することになったきっかけを与えてくれたのは、コード・フォー・ジャパンという団体でした。ITの力で地域課題を解決するこの市民団体と復興庁の協働プロジェクトを通じ、2014年7月から2016年3月まで、私は福島県で仕事をする機会を得ました。

コード・フォー・ジャパンとは、市民自身がITを活用し、地域課題を解決する「シビックテック」の活動を行っている団体で、「ともに考え、ともに作る」というスローガンを掲げています。その始まりは、アメリカで2009年にジェニファー・パルカを中心に創設されたコード・フォー・アメリカです。(ジェニファー・パルカは、Tedでのスピーチで一躍日本でも有名になりました)コード・フォー・アメリカは、名だたるIT企業で働いてきたエンジニアやデザイナーを、全米中の自治体の行政府に1年間送り込むフェローシップというプログラムを実施しています。地域や行政の課題を解決するために、様々なアプリケーションを開発し自治体に導入します。

日本でも、東日本大震災の支援活動を経て、シビックテックの活動が高まり、コード・フォー・カナザワの誕生をきっかけに全国に広がりました。コード・フォー・ジャパンは、2014年からフェローシッププログラムをスタートさせましたが、実はその第1号が私で、コード・フォー・ジャパンから初めて自治体に派遣されることになりました。

2014年4月、浪江町では、東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故によりバラバラになった町民を繋げるプロジェクトが立ち上がり、コード・フォー・ジャパンにプロジェクトの支援を要請しました。コード・フォー・ジャパンは、役所側のビジョンづくりや、住民ニーズの吸い上げ、支援するコミュニティを作るアイデアソンやハッカソンを行うとともに、現場で実際にサービスを作るプロジェクトマネージャーを民間から公募を行うことにしました。そこへ手をあげたのです。

2年弱というプロジェクトの中で、住民向けに約7,000台のタブレット端末を各戸に配布し、専用アプリを5本開発、タブレットの使い方講座を50回以上実施し、親しみを持てるように「うけどん」というオリジナルキャラクターを作ったりしてきました。目の前の町民の方々が喜んでくれ、自分たちが作ったアプリが生活の中に溶け込んでいく姿を見て、「やりたかったことってこういうことだよな」とやっと気づくことができたように思います。

そんな経験を経て気づいたことが3つあります。

・自治体サービスにおけるユーザー中心設計の重要性

町民向けのアプリ開発では、1年目は自分が思っていた成果が全く出せない挫折感を味わいました。私のBtoBシステム開発のこれまでの経験は、BtoCビジネスの製品開発ではまったく役に立ちませんでした。コンセプトを作り、ユーザ体験を設計し、プロトタイプを作ってユーザインタビューを行いながら製品を完成に持っていくというプロセスを学ぶことができました。この点はお役所も不得意で、ユーザー中心の視点が失われがちです。

・自治体の発注体制の課題

加えて、従来の発注方法が、BtoCの開発を経験したことがない事業者が落札してしまったり、ユーザーに使ってもらったあとに改善するプロセスが設計できていなかったりと、市民向けサービスの開発には向いていないこともわかりました。これは自分たちの生活にも関わることで、解決しなければいけない課題だと感じました。

・地方で雇用を作り出すという事

浪江町には、国の政策に基づいてドローンやロボットのテストフィールドが作られ、研究機関や企業などを集積していくようです。行政としてこうした企業誘致の動きが大事です。なぜなら町が持続できるかどうかは、街を盛り上げる若い世代が戻ってくるかどうかがカギなので、地域に産業をつくることや起業する人が出てくることがより重要だからです。浪江町で働いていくなかで、将来的にどこかの地域で自分がそのような役割を担いたいと思うようになりました。

町民が参加するイベントでユーザテストに臨む。

オープン・ガバメントを目指して神戸へ

福島での約2年の任期を終えるころには、「ユーザー中心設計のアプリ開発」「自治体調達改革」「起業・雇用創出」のキーワードを頭に浮かべながら、おぼろげながら「自分のような立場の人間がやるべきこと」が見えてきました。人口減少と超高齢化社会にあって、行政が社会保障などに注力していくと、行政自身ではすべての課題解決が難しくなる。であれば、課題と情報をオープンにして、市民や企業と一緒に解決していく「オープン・ガバメント」を目指していくべきで、そこをつなぐ人が必要なのではないかということです。

そんな中で、神戸市からお声がけをいただきました。

私を神戸市に誘ってくれたのは、神戸市の多名部さんでした。多名部さんは、2015年夏にサンフランシスコ・シリコンバレーを訪問し、コード・フォー・アメリカや、スタートアップによるイノベーションを支援するベンチャーキャピタルの500 Startups、地域の課題解決をスタートアップが担うサンフランシスコ市の取り組みなどを参考に、神戸市に新しい流れを作ろうとしていました。

福島での2年間の経験の中で最も重要視していたことが、次の神戸市でのやることに繋がっている気がしました。ただこの時点ではどんなことをやるのか明確なイメージがあったわけではありません。それでも、どこの自治体でもやっていないことに挑戦できるということに可能性を感じ、ワクワクしたのです。

2016年初めて神戸市役所に登庁

答えのない事業の面白さ

そうして私は、神戸市に3年の任期付き職員として採用されました。

オープンガバメントを目指しながら、神戸市の経済活性化、関係人口増を達成していくため、神戸にスタートアップの生態系を作ることがミッションです。スタートアップとは、特に既存のビジネス慣習や既成概念を変えるようなビジネスを、投資家などから資金を調達しながら短期間に一気に世の中に広げることを目指すベンチャー企業のことを言います。

全国を見渡すと、スタートアップで一躍有名になった福岡市をはじめ、東京都、大阪市、仙台市など様々な自治体が同じような取り組みを行っています。そもそも、自治体がやるべきなのか、起業したこともない人間たちが何かサポートできるのか。答えのない中ではありますが、10年後、20年後の神戸がどんな風になったらワクワクするかを考え、少しずつ形を変えながら進めています。

この3年間で、500 Startupsと連携したスタートアップ支援プログラムや、行政課題をスタートアップと解決する「アーバンイノベーション神戸」など、様々な事業を実施してきました。日本全国はもちろん海外からも神戸にスタートアップが集まるようになってきましたし、メディアでも何度も取り上げてもらい、認知度も上がってきました。そういう意味で、少しずつ流れができつつあるなと実感しているところです。

500 Startupsと連携したプログラム「500 Kobe Accelerator」は、毎年夏~秋にかけて、神戸市で6週間に渡り開催しているスタートアップ向けの学びの場です。全国各地、海外からも参加でき、シリコンバレーから起業経験者たちが直接指導に当たってくれます。対象は、シードやアーリーと呼ばれる創業初期の企業で、主にビジネスモデルの構築、製品のマーケティング、投資家向けのピッチの仕方などを指導します。これまで58社の支援を行い、総額70億円の資金調達を得ながら事業成長を遂げています。応募も年々増え、昨年は237社の応募がありましたが、そのうち134社が東南アジアなど海外からの応募というのも新しい流れを感じます。

「アーバンイノベーション神戸」では、市役所や地域の課題を解決できるスタートアップを全国から公募し、4か月の間に神戸市で実証実験を行うことで、市民サービスの向上とスタートアップの成長を促すことを狙っています。これはサンフランシスコのStartup in Residenceに着想を得たもので、これまで8つのプロジェクトを実施し、4つで本格導入が決まりました。さらに現在も7つのプロジェクトが進行中です。

4か月という実証実験期間でできることを小さくはじめて実験し、そこで得た知見をもとに本格導入するもので、自治体の発注の改革にもつながると考えていて、私がやりたかったことが実現へと近づいているように思います。今後、この取り組みを他の自治体などにも広げていきたいと考えており、他の自治体や企業の方にも知ってもらう場として、2月に「GovTech Summit」というイベントも開催しました。

ふつうに会社員として働いていては出会えなかった起業家の皆さんや投資家の方々、全国の自治体の皆さんなどに出会えるのも、この仕事ならではの面白い部分です。

500 Startupsとのスタートアップ支援プログラムの最終日、投資家向けのプレゼンを行う「デモデイ」の様子。

何事も一人だけでは長続きしない

一方で、自分に限界も感じていました。自分の持っている引き出しでは、様々な相談に適切に対応できている気がしなかったのです。今年2019年3月で任期終了したら、また東京に戻ることも考えていました。

しかし、結果的には、1年任期を延ばしてもらうことにしました。なぜ延長したかというと、神戸市に面白いバックグラウンドをもった外部人材が続々増えてきたからです。

対象分野は、ITだけでなく、デザイン分野や働き方改革、産業振興など様々な得意分野を持っています。彼らからさまざまな知見をもらえる環境になったことで、一緒に面白い企みをしたい、今の職場でも引き出しを増やせるんじゃないか、十分成長できるんじゃないかと思ったのです。

例えば、神戸市にはクリエイティブディレクターの天宅さんと平野さんという方がいらっしゃいます。これまでのキャリアでは出会わなかったタイプの人です。デザイナー出身ですが、情報デザイン、サービスデザインといったさまざまな知見を持っていて、めちゃくちゃ勉強になります。

さらに去年、7月から私と同じイノベーション専門官として、中沢さんが採用されました。彼は、営業畑の人間で、私とまったく得意分野が違います。企業さんなどとコネクションを作ってくるのが非常にうまく、コミュニティづくりも上手です。

また、ここでは詳しく紹介できないのですが、神戸市はプロパーの職員にも面白い人材がたくさんいます。この2月には、外から来た職員と中の職員をつなぎ、市役所の中の壁を壊す交流会を開催しました。延長した1年の任期の中で、さらに流れを大きくできたらと考えています。

進む行政の外部人材採用、スキルを活かせる地方へ

こうした行政の外部人材採用は、実は神戸市だけでなく、広島県福山市経済産業省など日本全国で進んでいます。専門スキルを活かして働いてもらうポストを用意して採用するというものです。

神戸市では、今年度採用予定として新たに2名の外部人材を募集しましたが、なんと合計400名を超える方から応募がありました。神戸とは縁もゆかりもないけれども、面白そうだからと応募してくれる方も半数近くいます。そして、面白いことに一流企業の方や起業経験者など、本当に多くの優秀な経歴も多彩な方々から応募をいただいています。

もっと多くの自治体で、専門分野を持つ外部人材の採用が進むと面白いのではないかと思っています。そして、5年前の私のように、明確にやりたいことや好きなことはないけど、社会のためにスキルを活かすことや、人と違う成長ができる場所を求めている方は、ぜひ地方に出て行ってほしいなと思います。成長と活躍の場が必ずあると思います。

浪江町タブレットキャラクターから、浪江町公式のイメージアップキャラクターに昇格した「うけどん」。今も年に数回、浪江町を訪れています。

地方に出る人が増えた先につながるご縁

東京で働いていたころの友人や知人たちも、今、地方で活躍している人がたくさんいます。島根県の海士町で教育の魅力化に取り組んでいたり、福島県の西会津でゲストハウスを営んでいたりします。また、地方に出て行ったことで多くのご縁ができました。公務員同士でも、芦屋や三田など周辺自治体で似た志向性の職員同士でお付き合いのある方も増えてきました。

その方がたとは、直接はそんなにお話しする機会はないものの、FacebookなどSNSで近況をみながら刺激をもらったり、参考にしたりするような「ゆるい繋がり」ができています。

コード・フォー・ジャパンの活動で、全国のCode forコミュニティとゆるやかに繋がっていて、神戸にもコード・フォーのそのメンバーがいました。彼らがいたことも神戸に来る重要なファクターでしたし、今では、最も信頼できる仲間になっています。

これからは、せっかくできたこの地方同士のご縁やゆるやかな繋がりから、面白い流れを作れたらなと考えています。そして、この記事を読んでいただいたあなたとも、どこかでお会いできることを楽しみにしています。

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