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漂流ワーカー隠岐だより Vol.2〜漂流するにもカネがいる……ピンチを招いた「どんぶり勘定」から「客先のリストラ」でV字回復へ〜

※隠岐海峡を挟んで、晴れた日には本土が見える。ただし船で3時間

Text:前田昌宏
編集:トイロハ・ワークス編集部

前回のあらすじ、そして

前回、「もうアカン……」私は島へ逃げ込んだでは、私が突然、人口2300人余りの日本海に浮かぶ離島・島根県海士町へ移住を決めたいきさつを書いた。

記事は、フリーランスの物書き(=ルポライター)という生業を営んでいく一環として書いたものだから、発表後に最も気にせねばならないのは顔が見えない読者の反応だったろうが、それより何より気になったのは、顔が見える読者の反応。すなわち海士町の人々の反応だった。

記事では「ライターです」と名乗ってきたにもかかわらず仕事の実態が「何でも屋」へシフトしつつあるという事実などを明らかにできたのはよかったとしても、移住の理由が「逃亡」だったと明かしたのはいかがなものか。海士町の人々が気を悪くはしないだろうか。

このあたりは、何らかの志を持って移住してくる人が多いように見える海士町で、私には何の志もなかったことで感じてきた負い目と自意識過剰がなせる業ということになるだろうか。発表後はしばらく、ビクビクしながら過ごしてしまった。

しかし「読んだよ」という人が、おしなべてニコニコしていたので、もはやよしとしておこう。よくよく考えてみれば、住む場所なんぞは自分で自由に決めてよいことだ。理由がどうであれ、引っ越したければ引っ越せばよい。行政や地域を相手に想定外の無理を通したわけではないと信じたいところだ。

ライターは「もうかる」仕事

ところが想定外の無理は、むしろ私が私自身に強いることになってしまった。いくつかあるが、その筆頭が、収入・所得といった事業費である。

ライターという仕事は、誤解を恐れずに言うともうかる。何かを仕入れる必要がないから、粗利率は100%。多額の経費(=販売費および一般管理費)が必要になる仕事でもないから、営業利益率も他職種より高めだ。健康な心と体(自慢の一つ)を生かして長時間労働に耐えさえすれば売上高をそれなりに上げられる。すると、それなりの営業利益を残せるから生活費もそれなりに残る。こんな事情に支えられ、なんとか事業を続けてこられた。

移住したら、生活費はどうなるのか。まず気になった。テレワーカーだから売上高は伸びも落ち込みもしないだろう。すると営業利益もそれなりに上がるはず。でも生活費がふくらんでしまうと、営業利益ではまかないきれなくなるかもしれない。

生活費は「総額本土並み」

だから移住前(逃亡前ともいう)には、まず生活費の感触をつかもうとした。先に移住していた友人への聞き取りをメインにインターネットを駆使したり問い合わせたりして行ったシミュレーションによると、海士町ではガスや上下水道の月額料金が本土の2〜3倍になるとわかった。ガソリンも高い。スーパーもコンビニもないので、食料品や日用品も軒並み高い。

一方で家賃は安いとわかった。電話やインターネットなどの通信料や電気代は本土と同じだ。通販も大手なら離島料金の加算はない。度を超した娯楽や交際での出費(いわゆる無駄遣い)は減るはずだ。差し引きすると生活費の総額は、本土とそう変わらないだろうと考えられた。

事業費に思わぬ「伏兵」

実際、生活費はほぼシミュレーション通りだった。その一方、事業費は思わぬ伏兵が飛び出してくれたことで、移住初年度の収支をガタガタにしてしまった。生活費ばかりに気を取られてしまい、「事業は高収益体質だから、ちょっとくらい何かあるとしても、まぁ生活費くらいは残るでしょ」というどんぶり勘定をそのまま持ち込んで、海士町での事業をスタートさせてしまったからだ。

伏兵とは、旅費交通費である。たしかにルポライターという仕事は、人と会うのが仕事だから欠かせない費用だといえる。本土では、人に会うのも簡単だった。しかし海士町は違う。いや、違いすぎた。また私の事業はいつの間にか「何でも屋」と化していてルポライター業務の比重が小さくなっていたにもかかわらず、すぐ人に会いたがる私のクセはそのままにしていた。

「高い」「遅い」「遠い」「少ない」

人に会おうと海士町から島外へ出るには、離島の宿命で船か飛行機を使うことになる。空港がない海士町の場合は、飛行機に乗るために船に乗るというステップも必要になる。

船という交通機関は、地上の交通機関に比べると著しく運賃が割高だ。スピードも遅い。本土で住んでいた姫路から県庁所在地の神戸までは約70キロ。JRの新快速なら約40分、1000円で済んでいたところ、船はわずか60キロほどの本土まで約3時間、3000円かかる。

その上、船は便数が少ない。姫路ではよく新幹線を使っていたが、停車するのぞみは1時間に1本しかなかった。不便だと感じていたが、船の1日数便は比較にもならない。絶望的に不便だ。

また姫路から東京までは約600キロ。のぞみでも約3時間・1万4000円ほどかかる。これを結構な負担だと感じてきたが、姫路駅から乗ってしまえば下りるのは品川駅か東京駅だ。

対して海士町からの船は、3時間乗っても鳥取県境港市か、松江市の郊外で港の他には何も見当たらない七類というところへたどり着くだけ。首都圏や関西へ向かうには、連絡バスへ乗り継いで駅や空港を目指さねばならない。何もかもが遠い。

高くて遅くて遠くて少ない。海士町に移住後は、本土とは比べようがないほど高コストな移動を迫られることになった。もちろんわかってはいたのだが、年間の三分の一が出張になるとは予測できなかった。

また船の便数が少ないと、本土の鉄道やバスとの接続もうまくいかないことが多くなる。飛行機との接続も同様だ。例えば首都圏や関西へ1泊の取材に行きたいとき、余分な宿泊が1泊ないし2泊増えてしまう。

ご存じの通り、首都圏も関西も宿泊費はインバウンド需要をきっかけに高止まりしたままだ。できれば宿泊は数を減らしたい。ならばと当初は、夜行バスの活用で宿泊費の削減にかかったが、これは非常にしんどかった。夜行明けの一日をムダにすることが多いと悟り、極力、利用を避けるようになり宿泊費(これも旅費交通費)もかさんだ。

増収減益、くたびれもうけ

結局、移住初年度にあたる2017年度の営業利益率は、人と会うという避けられない業務に関わる旅費交通費がかさんだ上に、移住してからそろえた固定資産の負担も重く16.7%(以下で述べる補助金は含まず)と低迷。私の事業史上、最悪だった。

営業利益率16.7%というと、ギャラを1万円もらっても1670円しか手元に残らない計算だ。かなり苦しい。預貯金がなければ、どうなっていたかわからない。客先の望むまま、自分の思うままにどんぶり勘定を重ねた結果だ。しかも売上高は増えていたので増収減益。これを「骨折り損のくたびれもうけ」という。

年間の旅費交通費が160万円に達した。なお仕入高など「売上原価」はゼロだ

あの「麻薬」に助けられ……

かさみにかさんだ旅費交通費だったが、幸いなことに私には、行政からの助成があった。第1回「もうアカン……」私は島へ逃げ込んだでチラッと触れた島根県の事業「ITしまね開業支援」による補助金である。

私も助成の対象になるとは思いも寄らないことだったが、移住後すぐ、行政から受けてはどうかと勧められた。しかし申請を行うかどうかについては数日間にわたり悩んだ。

なぜなら助成は麻薬。助成の切れ目が事業の切れ目になり失敗した人や、助成のうまみを覚えたがゆえに助成なくして事業が成り立たなくなり、助成の亡者になっている人を多数、見聞きしてきただけに、手は出すまいと考えてきた。

あれこれ悩んだものの、やはり助成を受けようと決めたのは、この助成が開業後3年間に限り、特定の経費の半額を補助金として支払ってくれる仕組みになっていたからだ。すなわち使わなければ補助金は下りない。

何度も言うがライターは、あまり経費を使わない。少なくとも悩んだ当時はそうだった。経費を使わなければ補助金も下りないので、助成が麻薬化する心配はない。ならば、せっかくだしもらっておこうという気軽さで応じることにした。

結果、私は初年度に旅費交通費の一部を含む特定の経費に対して数十万円の補助金を手にすることができた。これがなければ今ごろは、事業の立て直しにもっと苦しんでいただろう。節度を持って上手に使えば、助成は麻薬どころか特効薬になる。私の場合はカンフル剤だっただろうか。麻薬扱いして食わず嫌いだった自分を恥じた。

なお海士町では、移住者に対して一律で生活や事業への助成を行うような仕組みを設けていない。姫路から東京へ引っ越しても行政が1円も助成してくれないのと同じで、海士町へ移住しただけでは1円ももらえない。ただし他の過疎地では、そういう仕組みを設けているところもある。

余談になるが、それでも海士町がこれだけの移住者(一説には人口2300人中600人)を集めたのはなぜだろう。いずれ自分なりに考察したいが、今回は紙幅がない。

移住2年目「事業の立て直し」

さて営業利益率16.7%という数字とともに終わった2017年度に戻ろう。2018年度は、同じ失敗を繰り返すわけにはいかない。事業を立て直さねば。このまま手をこまねいているわけにはいかない。

簡単に立て直すなら、今すぐ海士町を捨てて本土へ戻るのがベターだ。しかし、そうは考えなかった。海士町で過ごした1年間で私は、忙しくはあっても自分らしさを取り戻した。海士町の人々にもよくしてもらっていた。冬は厳しいが、過ごしやすい春夏秋の気候は魅力的で、その季節の風物には目を見張るものがある。逃亡してきた海士町からさらに逃亡を重ねる理由はなくなっていた。海士町で生きていく。これが大命題だった。

事業の立て直しで大きな柱としたのが、事業収益を悪化させている旅費交通費の削減。ただし、むやみな削減はしない。それこそどんぶり勘定である。減らすところは減らすが、増やすところは増やす。増やした分については、棚からぼた餅レベルで考えていた「ITしまね開業支援」による助成を最大限に活用していくことにした。

具体的には、「客先のリストラ」「客先の新規開拓」の二つを実行した。

ICTと外注で「リストラ」

まずは客先のリストラ。しかし客先を失いたくはない。旅費交通費をかけて客先まで出向く機会を減らしたいだけだ。そこで活用した一つがインターネットである。ITやICTの活用ということになるだろうか。もう一つは、外注だ。

ITやICTの活用では、打ち合わせやミーティングを「FaceTime」「Skype」「Googleハングアウト」といったグループチャットで行ってもらえるように客先を説得した。意外にすんなりと受け入れてもらえて、中には、私の説得をきっかけに初めて業務にこれらを採り入れた客先もある。絶対に受け入れてもらえないだろうと考えていた客先が、あっさりと受け入れてくれるケースもあった。一方で、説得がうまくいかず仕事上の縁が切れたところもある。

なおITやICTの活用は、通信費のほとんどを定額制にしていればコスト増につながりにくいのもいいところだ。ネットは、いくら使ってもタダみたいなものである。

外注の活用は、私の代わりに動いてくれるライターを見つけることだったが、意欲ある複数のライターに巡り会うことができたのは幸いだった。

残念だったのは、第1回「もうアカン……」私は島へ逃げ込んだで主な仕事として紹介し、趣味と実益を兼ねていた旅行者向けガイドブックの業務から撤退せざるを得なかったことだろうか。いったんは外注に委ねてみたものの、客先の満足を得ることができなかった。業務にもっと慣れている外注先を探すことも考えたが、見積が見合わずペイできないのが明らかだった。ずいぶん悩んだが、いくら愛着がある業務でも無理なものは無理と諦めるほかない。業務に伴うさまざまな観光地への出張は、仕事とはいえ楽しみの一つだったのだが。

旅行者向けガイドブックの仕事では、実際の取材前に行う下見作業「ロケハン業務」を担当してきた。業務は、シーズン前の冬季に行うことが多い。写真は、サロベツ原野(北海道)

多少の痛みを伴いつつも「客先のリストラ」はもくろみ以上の成果を上げ、旅費交通費の削減につながった。

「新規開拓」で助成を活用

「客先の新規開拓」では、開拓のターゲットをどの都市に置くかで計画を練った。国内最大のマーケット・東京は外せないだろう。東京なら、海士町最寄りの空港になる「米子」「出雲」から直行便がある。

飛行機を使うなら、「ITしまね開業支援」による助成の出番である。飛行機運賃への助成は半額だから往復すると約3万円が自己負担になるが、そこは投資である。必要とあらば飛行機はバンバン使おう。見積さえ見合えば、貪欲に仕事を獲得しよう。もちろんITやICTの活用を私の方から先回りして依頼することも忘れない。何度も打ち合わせに上京するような状況を作ってはいけない。

残念ながら国内第二のマーケットである関西には、「米子」「出雲」からの直行便がない。鉄道やバスを使うことになるが、時間がかかる。ただし運賃は飛行機ほど高くない。しかし鉄道やバスへの助成はない。

「時間」「運賃」「助成」をはかりにかけた結果、関西での新規開拓は見送ることにした。東京などの首都圏に比べ、ITやICTの活用に対する拒否感が強硬という結論に達していたことも大きい。「会って話をさしてもらわんことには伝わらん」という理屈に振り回されてはかなわない。会わなくても伝わるものは伝わるのだから。

また出雲からは、福岡と名古屋、静岡、仙台に直行便がある。地方とはいえ県庁所在地で、いずれもそれなりのマーケットがありそうだ。また私には、「地方の県庁所在地に持ち込んだら喜ばれるに違いない案件」の腹案があった。地元の兵庫県で長年にわたり携わってきた案件の一つを他の道府県にもスライドさせて広めようというもくろみである。探せば仕事がありそうな東京とは違うのだから、仕事はこちらから持ち込むことに越したことはないという考えでもあった。

結果、東京では思うような成果を上げることができなかったが、ピンポイントで狙った福岡と名古屋、静岡、仙台の4都市では、持ち込んだ案件に興味を示してくれる行政機関や企業を得られた。

旅費交通費を大幅に削減できた一方、通信費には変化がない

どんぶり勘定やめてV字回復

こうして「ITしまね開業支援」の2年目に当たる2018年度は、営業利益率を57.1%(補助金含まず)と大きく改善できて増益になった。まさかのV字回復である。多少なりともどんぶり勘定から脱却できた結果だ。

一方で客先のリストラは仕事量を減らすことになり、売上高が目標に届かず減収になった。とはいえ減収は、作業に費やす時間を減らしてくれた上に出張の回数を前年比6割程度に押し下げてくれた。増収減益という骨折り損のくたびれもうけはこりごりだから、減収増益ならまずはうれしい。

今年1月で、海士町での事業は3年目に入った。「ITしまね開業支援」による助成期間も4月から3年目に入っている。

助成に頼れるのも今年が最後。客先のリストラが一段落した2019年度は、2020年度を見据えつつ客先の新規開拓と新たな客先への「ITやICTの活用お願い」を行っていくことにする。すなわち助成に頼らなくても利益を確保できる態勢を整える1年ということになりそうだ。

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