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フリーランスで働く「自由」を味わうための「責任」の扱い方について(Part.1)

Text:平田里菜
編集:トイロハ・ワークス編集部

表現としての人生、表現としての仕事

組織から離れてひとりで働こうとする時、まず想いを馳せるのはその「自由」だろう。働く時間もスタイルも選べる。自分が好きなことを仕事にできる。こう言葉が並ぶだけで、フリーランスで働くことへの期待感は高まる。そんな働き方ができたらいいなと思う人がきっとこれを読んでいることだろう。私がフリーランスで働く時には、その自由にどれだけ想いを馳せたことか。

結論から先にいうと、私はフリーランスで働くということは表現者として生きるということと同義だと捉えるようになって、初めて「自由」を謳歌することができるようになった。具体的には、「責任」という言葉を誰かや何かに対して背負うものではなく、自分の「感じる世界」に応答し続けるものであるという考え方に基づいている。

内に感じる世界を体現し、そこから仕事をする人が社会に与えるインパクトの最大の可能性は、刺激を与え、視野を広げること。まるで岡本太郎のようだ。つまりフリーランスで働くということは職種に関わらず、表現者として生きていくということだというのが私の主張だ。表現者をもっと簡単に言うと、アーティストだ。

「それは本当にそうだろうか?」
「今、自分は本当はどう思い、感じているのか?」

常にこの問いと共にあり、そこから仕事をすることで、私ははじめて自由を体験した。そしてその自由を感じている限り、私のあらゆる言葉と行動は「表現」になるのだと気がついた。この時「何かをすることが表現だ」という思い込みがなくなったことで、今では多様なジャンルの仕事を楽しめるようになった。

徹底的に「自分である」ことから仕事をしていくこと。それは自分の本音に耳を澄まし続けることであって、他者や社会の期待やルールに沿うこととは全く反対の方向だ。その道を進む覚悟がなければ、自由を求めてフリーランスになろうなんて考えない方がいい。苦しいだけだから。

だが、この「自由さ」を本当に手に入れ謳歌したいなら、「責任」の意味を根本的に見直す必要がある。そのことを知ったのはつい最近のことだ。それは、「自由の反対は責任である」でも、「タイムマネジメントが大切だ」というような話とも違う。実は、責任は他者に対して負うものだと認知している限りフリーランスで働く自由さは永遠に体験できないということを知って、私の仕事と生活、人生そのものがそれまでとは違うものになった。

私がハマった「がんばりやさん」という仕事スタイルの罠

私は息子の妊娠出産をきっかけに、2012年に独立して仕事を始めた。正直、組織にいるのは嫌いではなかった。仕事は充実していたし、定期的に「こんなに楽しくてこんなに頂いていいんですか」と思うような額が振り込まれ、ボーナスも有給もある。ちょっと猥雑な人間関係と平日の一定の時間帯を拘束されることだけ我慢すれば、かなりの好条件だった。だが妊娠を機に、働き方と生き方について大きく見直すことになる。

初めての妊娠は、私にとって罪悪感いっぱいの暗黒期だった。まず、私の妊娠について職場の皆さんは良い顔をしなかった。これは精神的に本当に参ってしまった。皆さん口ではおめでとうと言うものの、これから先どうすんだ、という空気に満ちていたし、実際にそう言われることもあった。「それは計画的な妊娠なの?」と上司に言われたことで、いけないことをしたのだと縮こまってしまった。

すっかりネガティブになってしまった私は役立たずと思われまいと、「妊婦ですが頑張ります!問題ありません!」と業務に邁進した。ちくちく言われる非難めいた言葉も、体調が悪いことを知って出される大量の業務も、「私が妊娠したから悪いんだ」と、より自分に発破をかけるために使った。結果、私は切迫早産で入院となり、仕事も予定より2ヶ月早く辞めることになった。

出産後、仕事の充実感を忘れられなかった私は働くことばかり考えていた。だが、同時に息子との時間も大事に過ごしたいという気持ちも湧いてきた。定時で働くよりもっと自由にスケジューリングできて、周囲の人に自分の生活についてごちゃごちゃ言われない働き方がしたい。そうして、私は個人経営でこどものアート教室を始めた。

教室の規模が小さい最初のうちは良かった。まさに、働く時間を選べる上に、息子といる時間を過ごせる。息子と一緒にいることが仕事になるようなものを選んだり、息子が一緒でも支障がない仕事を選ぶこともできた。ただ、規模が小さいだけに収入も少ない。その時の私は、収入よりもやりがいと自分の生活に比重を置いていた。

大変なのは、仕事が拡大し始めた時だった。アート教室の生徒数は順調に増え、外部から講師として呼ばれる仕事も増えた。

写真は、生後二ヶ月の次男を抱きながら親子のお絵かきについて話をする私だ。ミルクをあげながら話をしているが、私の意識は圧倒的に息子ではなく参加者にむかっていることが写真からもヒシヒシと伝わってくる。我ながら痛々しい。

子が小さかろうが体調が悪かろうが私が休めば仕事は成り立たないという切迫感が、私をやたらに「頑張り屋さん」にした。言い訳はしません、全部自分の責任です!という仕事のスタイルだった。どんなに自身の体調が悪くても、振替や欠席の連絡を自分でしなければならないのがフリーランスの辛いところというのはよくあることだが、そこに切迫感と悲壮感を漂わせまくらないと、申し訳なさが伝わらないと思っていた。

仕事に穴を開けてしまったことに対して全力で謝り、誠意を見せる。申し訳なく思っていること、誠意を持っていることをわかってもらえなければ仕事がなくなってしまうと信じていて、そうならないように一生懸命だった。自分を奮い立たせて相手の架空の期待に応えようとする私のやり方は、長男妊娠時に妊婦ではないかのように仕事をしている時の働き方とまるで同じだった。

「一生懸命やらなければ、責任を果たさなければ、大人として常識的な対応しなければ」

ねば、ねば、ねばでがんじがらめになると、そうなることができなければつまはじきにされるのではないかという恐れから、「あるべき姿」を目指して邁進した。妊婦の時は、まるで妊婦でないかのように。しんどいのに、しんどくないかのように。

「こうあらねば」を真に受け信じ込んでいる様はまるで、固い金属で出来た冷たい枠に柔らかい体温のある自分を押し込んでいるよう。硬い枠は常識や外部が自分をこう評価すると信じている部分についてのメタファーであり、柔らかい自分とは身体を持ち感じる自分を象徴している。枠を通して世界を見、その世界以外に自分の居場所はないと思い込むことによって、柔らかい肉体や心を硬い枠に無理やり押し込もうとしたのだった。

この時、当たり前だが心も身体も痛いのだ。痛いけど、そんなことより責任持ってやらなくちゃ。それが大人として、社会人として当たり前でしょ?という気持ちから、痛いとか休みたいと感じる自分の感覚を置き去りにして周りに応えようとする。結果、どうなるか。

鬱、である。もしくは、顔面神経痛、自律神経失調症、顔面麻痺、などなど。私はというと、妊婦の時には早産こそしなかったものの切迫早産で入院することになったし、独立してからは鬱にこそならなかったもののアート教室の活動そのものを休止した。どちらも、仕事の内容そのものではなく自分が作った枠に自分を押し込もうとし続けた結果だ。

「枠」そのものを変えるのもフリーランスの仕事ということ

アート教室を休止してからというもの、私はさまざまなことを学び始めた。コンサルティング、心理学、占星術、哲学、教育学など、ジャンルは問わなかった。学び始めた当初は、アート教室の保護者たちとの関わりに疲弊したと思い込んでいたのだが、学べば学ぶほど問題は保護者ではなく「枠」にあることに気づき始めた。そしてもっと言うと、「枠」そのものではなく、「枠」を通して見る世界を信じ込み、そこに自分を当てはめるという「行為」と、それを行うと選択する「自分」にあると気づいた。

「枠」を優先して自分を奮い立たせるというやり方には、「枠>私」という力関係が無意識的に働いていた。その結果自分の設定した(そして誰かが言ったわけでもない)「枠」を採用し、それに一生懸命適合しようとするということが起こる。これが「こうするべき」「こうあるべき」に自分を当てはめようとする行為だ。それこそが責任を取るということだと思い込んでいた。

この責任という言葉を重たく背負いきれないものと捉えていた私の見方が変わったのは、あらゆることを貪るように学ぶ中でついに占星術にまで手を伸ばした2016年のことだった。

占星術を学ぶために弟子入りした私の師匠マーニー・デューガンは占星術だけでなくNLP(Neuro Linguistic Programing)やハワイ先住民族の叡智にも造詣が深く、後年になって大学に入り直し文化人類学で論文を発表し博士号を取得するなど、あらゆる視座から人間について探究してきた人だ。

そんなマーニーからは占星術の知識以外にも、その根底にある人間に関するあらゆる知恵を学んだ。マーニーは、繰り返し繰り返し「人間が自分を愛し、真実を語るということからしか新しいパラダイムは始まらない」と言っていた。「パートナーとうまくいくには」とか「こどもを育てるコツは」など、その他どんな質問を受けても、結局は「自分を愛し、真実を語る」ということを繰り返し伝えていた。

だが、それが一体どういうことなのかわからないという私にマーニーは「責任」についての話をしてくれた。そもそも「責任」という言葉は、英語で「responsibility」だが、その語源は「response ability」、つまり「応答する能力」であると。誰に応答するのか?社会や他人の期待・常識にではなく、自分に、である。今、私たちが「責任」という言葉に対して持っている認識とは、順序が全く違うのだ、と。

マーニーの「Love yourself, Tell the truth」という言葉を胸に抱き続けるようになって、私から見える世界は恐ろしく不安なものから、柔らかく変幻自在の可能性に満ちたものへと変化した。それは私の人生における革命だった。

ちなみにこの「枠>私」という図式がシフトして以降、フリーランスで働くことの醍醐味は、枠の概念そのものを、常識を、当たり前になっているものを変えることができるということだ、と思うようになった。むしろ、それが仕事と言ってもいいかもしれないとまで思う。

「枠そのものを変えるのもフリーランスの仕事のひとつ」という概念があることで、周囲のあらゆる人間関係や出来事はそのためのチャレンジもしくはプラクティスとして捉えられるようになった。怖いことがなくなったとは言わないが、少なくとも元気になった。

なので、これを読んでいるあなたがもしフリーランスとして働く前であるなら、そしてフリーランスを視野に入れているなら、数年前の私みたいになる前にぜひ自分に問うてみてほしい。「自分が新しい常識となる可能性を、それを体現する役割を引き受けられるか?」と。ワクワクするならすぐにでもやりましょう。それはちょっと怖いと思うなら、ちょっと待ってみるといいのではないかと思う。

ここで、自分を愛して真実を語るという責任の取り方を体に落とし込むために、私が実際にやってみたことで効果があったと実感したことを紹介しよう。

Part.2へ続く)

 

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