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フリーランスで働く「自由」を味わうための「責任」の扱い方について(Part.2)

Text:平田里菜
編集:トイロハ・ワークス編集部

Part.1より続く)

自分を愛するためのプラクティス

まず自分を愛するということと混同しやすいのは「じゃあナルシストになればいいってこと?」ということだが、それとは明確に違う。シンプルに、自分の思い、感覚に応答するということだ。

簡単なことでいい。お腹は空いているか?今どんな気持ちなのか?身体の感覚にあるものに、常に意識を向ける。私は何を感じていて、どういう状態を望んでいるのか。それを、誰よりも自分が聞き続けるということ。例えるなら、自分の中にこどもみたいな自分がいて、その子が言っていることを「うんうん」とただ聞くという感じだ。様々なキャラクターが何人もいるかもしれない。そして大事なのは、その子たちの不快を払拭してあげようとするのではなく、「ただ聞く」こと。

そして不快があるならそれを感じ続けること。これは、あらゆる感覚が自分の中にあっていいし、大丈夫だということを自分にわからせるトレーニングでもある。つまり、「自分を愛する」とは、自分の感じているあらゆる感覚を、それを感じている私自身が「あっていい」とすることだというのが私の理解だ。

最初はうまくいかなかったのだが、「これは筋トレのようなものなので最初はうまくいかなくて当たり前なんじゃないか」と思うようになって楽になった。自分の内側に耳を澄ます有効なトレーニング方法としては、瞑想やヨガなどで自分の内側を静かに観察する時間を持つのがオススメだ。

ちなみに、ある偉いお坊さんから「瞑想でビジョンを見ようとしたりする必要はない」と聞いたことがあり、私は彼の意見を支持している。神秘的なことに傾倒してしまうと逆に肉体や現実に無頓着になってしまう。そうではなく、ただ身体があるということと、その身体が感じていることを感じることが「自分を愛する」のポイントだと思うからだ。

ちなみに、多動の気のある私は黙っている瞑想は飽きてしまいがちだったので、自分で自分の足をマッサージして皮膚感覚を感じることや、ウクレレをひたすら練習するというのも効果があった。身体は動いても思考は止まるので、結果、瞑想と同じ状態に自分を置くことができた。私は運動が好きではないので試していないが、ランニングなんかも良さそうだなと思う。要は、思考を止めて身体感覚に集中できるならなんでもいいのだと思う。自分に合う「肉体を感じる方法」をぜひ探してみてほしい。

自分の身体と感覚、そして心とつながった状態を感じるこの地点がゼロポイントだ。多数のイノベーターたちがヨガや瞑想、マインドフルネスを採用しているのはゼロポイントの自分にたち戻る習慣をつけるためだと理解したのは、このことに気づいた時だ。

彼らは、改革は外側から起こるものではなく、ひとりひとりの個人の内側から起こってくることを知っている。つまり、やっぱり私たちが目を凝らし耳をすませるべきは、社会の中の期待や問題点ではないのだろう。外からの刺激を受けて、「私には何があるか?」という内的な問いから導き出される自分の感覚こそがクリエーションの源なのだと考える。

真実を語るためのプラクティス

まずは自分を愛する、つまりクリエーションの源である「自分の内側にあるもの」に応答する。その次は、外側に応答していく、つまりクリエーションを起こしていくというのが次のステップだ。

この場合の「応答」とは、その期待に応えるという意味ではなく、「あるものがある」ということを認知する、というただそれだけなのだ。あるものがあるを自分で味わうことをすっ飛ばして他者にわかってもらうすると、自分を認めさせなきゃ!と必死になり、「これが私です!(だから私の条件を受け入れてよ!)」という幼稚なやり方になってしまう。かつての私のことだ。思い出すと恥ずかしい。

例えば、支払いの期日を守ってくれないクライアントがいる場合を考えてみよう。私の内側には「払ってくれるのかな」という不安と、「何か理由があるのかもしれない、相手を信頼したい」という気持ち、「期日が守られなくて怒っている」「一刻も早く払って欲しい」「あいつ信用できない」などの気持ちがあるかもしれない。

何層にも重なっているこれらの気持ちを「この気持ちもあるし、この気持ちもあるな」と自分でただ認知した上で、自らが望む結果のために行動を選ぶ。今の私だったら「約束したお支払いの期日を過ぎていることが気になっていて、早くお支払いいただけると嬉しいという気持ちがありますがいかがですか」というようにクライアントに伝えることからコミュニケーションを始めるだろう。この時、相手へのリクエストと自分の思いどちらも「丁寧に」扱うように心を配っている。

「丁寧に」とカッコ付きで表現しているのは、自分のために丁寧に言葉を出すこと、そしてどんなに丁寧に思いを差し出したとしても、相手にはそれを受け入れる権利、拒否する権利、どちらもあるということを尊重するためである。この自分も相手も大切にするコミュニケーション方法に関しては、NVC(Non Violence Communication)という紛争解決にも用いられるコミュニケーション方法が大いに参考になった。日本語では非暴力コミュニケーションと訳され、本も出ているのでぜひ一度読んでみることをオススメする。

『NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法』
マーシャル・B・ローゼンバーグ (著), 安納 献 (監修), 小川 敏子 (翻訳)

このやり方は、時間がかかるかもれないし、最初は少し勇気がいるかもしれない。だけど、人間としてヘルシーに自由に働くという道は間違いなくこの先にある。誰もこの先を自分の代わりには切り拓いてはくれないので、自分で切り拓く必要がある。

師を見つけ、仲間をつくることのススメ

フリーランスで働く人が最もケアするべきは間違いなく自分である。体調を整えるということよりも、自分の本音や本心を聴き取りつづけるということなのだが、学校教育などで「枠」に順応する訓練を積んでしまった私たち日本人のこの筋力はかなり衰えてしまっている。だからひとりでトレーニングするより、私がマーニーから学んだように、そのコツを教えてくれる師を見つけて学んだ方が効率はいい。

瞑想、NVCの他にも、自分の内側に意識を向けるテクノロジーは、国内海外問わずさまざまな手法で教えている人がいるので、ピンと来る人、気の合う人のところで学び、仲間を見つけるというやり方がオススメだ。そして師を選ぶ際には、自分が尊敬する人に「誰かオススメのひといない?」と聞くといい。私がマーニーと出会えたのは、私の姉的存在として尊敬する由佐美加子氏がマーニーから学んでいると知ったからだったし、他の師と仰ぐ人と出会えたのも彼女のつながりからだった。

「自己啓発やセミナーってアヤシイし、そういうのに行く自分にだけはなりたくない、自分の人生くらい自分でやれるわ!」と思っていた私がこんな文章を書いているなんて、6年前の私が見たら卒倒するかもしれない。今でも自己啓発って言葉は好きではないが、ホラクラシーやティールなんて言葉が一般的になってきた今となっては、もはや「自分に関する学び」は必須のようにも感じる。

同時に、「自分ひとりで」は時間がかかる上、その意気込みが強がりから来てるならナンセンスだ。なにより効率が悪い。自分がよりヘルシーに生きられそうな香りがするものに関してはよく学んで、それを活かして生きたらいい。仲間もできる。仲間の存在は、自分が歩む道の大きな支えとなる。別の道であっても同じように表現者の道を歩く仲間とひとりでも多く出会い繋がっておくとより心強い。

仲間のいる場所すべてが居場所だという感覚は、フリーランスにとって心の支えとなる。お互い、よく学び、よく生きましょう。読んでくださったあなたとどこかで人生が交わることがあると楽しいな、なんて思えるのもフリーランスの醍醐味ですね。

 

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