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「家族ってなんだ?」母親でもあるフリーランサーが幸せに働くために出した答えとは

Text:平田里菜
編集:トイロハ・ワークス編集部

結婚して家族がいて、かつ、子どももいる、というフリーランサーにとって、家族の理解と応援は、フリーランスとして働く人の心強い基盤になると思う。特に、パートナーの理解は不可欠だ。

私は現在、子どもとアートの2つの要素を軸に個人で働いている。具体的には、子どもと話す「こどもてつがく会」という会を開催したり、子どもと制作を行うアトリエを主催したり、子どもの相談や親の相談に応じたりしている。そしてその経験を元に、講演やワークショップを開催している。また、創作活動をするアーティストとして、個人と話すことで得たインスピレーションを元に、世界に一冊の絵本を制作したりしている。

今でこそ家族の理解を得て仕事をしている私だが、以前の私はすぐに「離婚した方が楽だなあ」と思っていた。一度や二度ではない。何度も思った。だがその度に、それは本当にそうなのか?と自分に、そして夫に、問い続けてきた。結果、家族でいるということを選択している現在、私は自身のライフワークとして先住民族の知恵を学ぶために海外にも行くし、4泊〜1週間くらいの出張も当たり前になった。

安定を愛する公務員の夫と冒険と刺激を愛するフリーランスの私、そして2人の息子が、今のところ価値観が全く違うまま一緒に過ごせている。その過程と、そこでどんな会話を重ねてきたかを書こうと思う。

「良い家族像」を破壊する、そして自分たちで創ってゆく

私はフリーランスとして働き始めて6年目で、年中と小1の息子、そして夫と暮らしている。働き始めた当初は、彼ら家族との時間を大切にし、かつ、フリーランスとして自由にのびのびと働く姿を思い描いて張り切っていた。ただ、この時の私は、「家族との時間を大切にする」とは何を指しているかが明確でなく、何となく自分の中に刷り込まれた一般的な幸せな家族を目指していた。

食卓には料理がいっぱい並ぶといい。どんなに忙しくても土日は家族で過ごすもの。みんなで揃って出掛けて、団欒を楽しむ。できる限り家族との時間を大切に過ごす。たまには遊園地に行ったり、行事を楽しんだり。参観日、運動会はもちろん欠かさず出席する。

だけど、そういう幸せな家族像は実は他の誰かのものであって(もしくは本当は誰のものでもない幻想かもしれなくて)、私のものではないと気づくのにとても時間がかかった。それよりもむしろ、私にとっては「やらなければ責め立てられるんじゃないか」「これができなきゃダメな母、妻と言われるんじゃないか」というまるで義務とか呪いのような類のものだった。

家族というのは、よく考えると個人の集まりだ。個人としての私、夫、子どもたちには、それぞれにニーズがあり、お互いに対しての希望がある。それが何であるかを明らかにしないまま、「家族ってこういうもんだよね」と一言で片付けてしまうのは思考停止状態だ。

そこで、一般にお母さんお父さんはこうするもの、子どもはこうするべき、という常識的な一切のものを、私たち色に塗り替え作り変えるというプロセスを踏んだ。私と夫は常識まみれだったので、このプロセスはお色直しとか進路変更とかそんな易しいものではなく、激しめのインパクトを伴うスクラップ&ビルドだった。だけど、このプロセスが進むと共に働き方も連動してどんどん変わっていき、自由になったのは間違いない。そこで私が取り組んだことは一つだけ。繰り返し、「自分の本当の気持ちを明かし続ける」ということだった。

家族だからこそ「本当のこと」だけを話す

例えば昨年、私は次男の運動会より仕事を選び、そのことを次男にそのまま話した。

「私は、とても楽しみでやりたい仕事があって東京に行くのであなたの運動会には参加できません。だけどあなたの活躍は見たいし、頑張ってるのは知ってるから応援する気持ちはものすごくある。日が違ったら良かったのに、と残念にも思ってるし、行けない分ビデオで撮るの楽しみにしてるし、あなたの出番の時間は心でめっちゃ応援してる。行かなくてごめんね。聞いてみてどう?」

これに対して4歳の次男は、「来て欲しかった。見て欲しかった。何で来れないの?お仕事が楽しいっていうのは、どんなお仕事なの?あー、来て欲しかったなあ」と返す。この「来て欲しい」「行きません」という会話を、お互いの気持ちを十分に知っている状態になることを目的に何度でも繰り返した。

そして夫にも、次男の運動会には行かずに仕事に行きます、と伝えた。こちらは特に葛藤はなかったようだが、断食合宿に参加したいから長男の運動会を休みます、という私の宣言にはもやもやがあったようだ。そりゃそうだよねと思いつつ、「このもやもやを解消しないと!」とか、「合意してもらわないと!」とやると綱引きで拮抗した状態のように動かなくなりうまく行かない。「私はこうだよ、あなたの気持ちを聞かせてくれる?」このやりとりを繰り返す。その一見何も生産性がないように見える会話を「ただ明かす」「ただ聞く」という風にできた時、何となく、お互いに諦めのような愛情のようなものがふわっと湧いてくる感覚がある。

正直言って次男は寂しかっただろうし、夫は私の考えを変えさせたかったと思う。だけど、寂しい思いをさせないことより、夫の意に沿って考えを変えることより、私から発せられた言葉であなたたちが受けたインパクトから私は逃げませんよ、そこにいますよ、ということが私の最大の愛情表現だった。これを夫が、次男が、どう思っているかはわからない。ただ、私の体感としては、こういうやり取りを重ねるたびに、どんなに言いにくいことでも言い合える関係が築かれていっているなという手応えがある。それはとても居心地が良く、そして安心感がある。

同意とか合意形成みたいなものは、はっきり言ってなくてもいいと思っている。家族だから合意形成は簡単だと思ったら大間違いだ。それを目指すと口の上手い方が勝ってしまう。そうじゃなくて、「わからない」こともあるということは必ず理解していたいと思う。異なる価値観を持つ最も近い存在の他人だからこそ、お互いの「違い」には敬意を払いたいし、払って欲しいというのが私の考えだ。

私が「家を空ける」まで

フリーランス1〜2年目、私は自宅で子どもを対象にしたアトリエを運営していた。自宅が仕事場だったため、仕事の上ではもちろん、家を空けるなんて考えつかなかった。家族と仕事を両立するということは、「家族が全員心地よいという環境を私の仕事をやりくりすることで作り出さなければ」、と思っていた。少しずつ自分の首を絞めていっている事、そしてその苦しさがなぜ起こっているかに無頓着なままだった。次男の出産を経てアトリエを再開し、苦しさはさらに増していった。

3年目の終わり、私は行き詰まった。働くことが苦しくなったのだ。大好きなこども達に囲まれて、大好きな制作の時間をたっぷり取っているのに、疲れていく。大好きなのに疲れていく自分が許せなかった。なぜうまくやれないんだろうと自分を責めた。疲れている原因とうまくやる方法を知りたくて、自分のために学ぶことを始めるようになった。アトリエを休止し、イベント企画などの仕事をしながら何かが掴めそうだと思う場に参加した。

4年目、小さい頃から大好きだった占星術をタスマニア在住のコーチ、マーニー・デューガンから学ぶことを決めた。1年間に4回、各4日ずつ東京で行われる授業に参加するため、初めて家を何日も空けた。占星術を学ぶために数十万円支払い、なおかつ子ども達を母や夫に頼むのはとってもチャレンジングなことだった。「私、どこに行っちゃうつもりなの!」とも思ったし、「アトリエと占星術、何にも関係なくない?」と言われるんじゃないかとビクビクしながら話したが、夫は思っていたよりずっとまっすぐ私の言葉を受け止めてくれた。

こうやって学びたいことを思いっきり学ぶことには2つのメリットがあった。1つは、自分の好きなことをどんどん思い出したこと。私はなぜアートと子どもを軸に仕事をするかというと、それは人間が大好きだからだ。人間の自然な美しさが大好きで、その面白みと美しさを、最大限味わいたい。それが私が働くことの動機だと気づいた。

そして2つ目のメリットは、夫や息子たちに対して、「本当にはどう感じているか」いうことを話す機会が圧倒的に増えたこと。それまでも話していたけれど、圧倒的に違うのは、形にならない想いや不安も含めて分かち合おうという姿勢が私の中に育ったことだ。私の中に何が起こっても、家族と話せる私であるという信頼が育ち始めた。

そして6年目、ネイティブアメリカンの叡智に出会った。彼らの文化が持つ人間と自然が調和して生きる世界観は、私の情熱を掻き立てた。もっと知りたい、体験したい。私は思いっきりやりたいことをやってみようと思い、ネイティブアメリカンの叡智を学ぶプログラムに参加するため、2ヶ月に一度、10日ほど海外に出かけるようになった。6年目の今は拠点である関西を中心に、それまでの学びの道の途中で出会った仲間と共にいろいろなプロジェクトやイベントを起こすようになり、九州や沖縄、北海道、東京などさまざまな場所でさまざまな人たちと仕事をしている。

この過程は、学びたいことを学ぶと同時に、自分と向き合うプロセスでもあった。

私は母になってから常に、「自分が信頼されていないのではないか」、「母としての役割を果たしていないと思われているのではないか」という自己疑念でいっぱいだった。実際に「子どもたちにしわ寄せがいっているんじゃないか」「学び学びって、いつまでやる気だ」「子どもが大きくなってからじゃダメなのか」「子どもたちが母親から受けられるはずの愛情をちゃんと与えてあげて」というような発言を親族から受けることもあった。それらの言葉にはその都度大いにショックを受け、憤慨した。憤慨したのは、それらの言葉がまさに私が私にかけている疑いの言葉そのものだったからだ。その言葉を誰からも言われないように頑張ろうとしていた。

結局のところ、私がどれだけ子どもたちと夫を愛してるか、私がどんな思いでいるかなんて、私以外にはわからないのだ。人に評価されなくていい、わかってもらえなくていい。私が知ってさえいればそれでいいし、私が私の思いを本当に分かち合いたい人に大切に伝えられることの方がずっと大事。そう思えるようになって、ずっと楽になった。

家族の形を自分たちで作っていく

私は、仕事で出会う子どもたちに「自分が本当に思っていることを全部ちゃんと感じて、思うように生きてみてごらん、ずっと応援しているから」と言い続けている。だったら、私がそう生きていないとぜんぶウソになる。

私たちの家族の幸せはもちろん現在も進行中で、模索中だ。家族というのが面白いのは、すごく知っているという感覚がある一方で、全然理解できていない事が次々に現れてくるところだ。それらひとつひとつに向き合ってみると、自分がどんな考えで物事を狭めたり歪めたりして見ていたかということに気づかされる。相手が悪いと責めたくなる時ほど、結局、自分が自分に無理を強いてたり我慢したりしていることに気づいたりする。その気づきが起こると連動して仕事も何もかもが変わるから、家族って面倒だけどありがたくて面白い関係性だなと思う。

私にとって家族は血で繋がっているチームだ。だけど、チームだからって必ず一緒にいなきゃいけないと思わなくなった。何度も別居や離婚の話が出る話し合いを経て、今、私と夫が望むのは、メンバー全員がそれぞれに自分の道を歩んでいくことを応援し合う関係性だ。それが出来るのであれば、一緒に住む事も戸籍上の関係性もどうだっていい。ここに至るまで長く刺激的な道のりだったけど、ここからも子どもの成長に伴って色々と刺激的なことが起こり続けるのだと思う。

人から見たら、私は変なお母さんだろうなと思う。実はこれを書いている今も、連休中にも関わらずダイビングのライセンスを取りに沖縄に行くため、飛行機を待っているところだ。最初に話したとき、夫は嫌な顔をした。そりゃそうだよねと夫の嫌な気持ちを理解しつつ、夫は夫で私の「海が大好き」を理解しようとしてくれた。「沖縄に行くならこれ持って行くか」とソーラーで充電できるモバイルバッテリーを買ってきてくれた。彼はいつも一生懸命私を理解しようとしてくれる。彼がいなければ、私はこんなにチャレンジできなかった。彼の愛情と理解を嬉しくありがたく受け取って、家族と、(そして結局)モバイルバッテリーも残して沖縄に行ってきます。

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